記事「神奈川」 の 検索結果 12132 件
-
芭蕉句碑(戸塚)横浜市戸塚区の富塚八幡宮の境内にある、芭蕉の句碑。 「鎌倉を 生きて出でけむ 初松魚はつかつお」元禄5年(1692年)、芭蕉49歳の時の作句だそうです。
-
明治天皇東幸史跡東幸とは東京行幸のことで、明治元年(1868年)と翌明治2年(1869年)の2回に亘って行われた、明治天皇の東京への行幸のこと。横浜市戸塚区の八坂神社境内に、「明治天皇東幸史跡」の碑があります。
-
戸塚宿澤辺本陣跡戸塚宿は東海道五十三次の5番目の宿場で、日本橋からの旅程がちょうど一泊目にあたり、旅籠数が五十三次中、小田原宿に次ぐ規模だったそうです。戸塚宿の本陣には澤辺・内田の二軒があったとのことです。
-
英一番館跡横浜が開港したのは安政6年6月2日(1859年7月1日)のことで、開港と同時に多くの外国商社が横浜に進出してきました。ここは居留地1番地で、英国商社ジャーディン・マセソン商会横浜支店が店舗を構えたとこ..
-
横浜海岸教会横浜の開港広場に隣接して建つ日本で最初のプロテスタント教会。当初は横浜公会として、明治5年(1872年)2月2日に設立されましたが、明治8年(1875年)に教会堂が建設されて、横浜海岸教会と改称されま..
-
江戸方見付(戸塚宿)戸塚宿は日本橋から数えて5番目、約42kmのところにあった宿場町。見付とは宿場の出入り口のことで、江戸側の出入り口が江戸方見付と呼ばれていました。戸塚宿はここから西の方に約2.3kmが宿場の範囲でした..
-
鎌倉ハム倉庫明治10年(1877年)、上柏尾村で英国人がハム・ソーセージなどの製造を開始。現在の上柏尾町は当時は鎌倉郡だったため、鎌倉ハムと呼ばれました。この倉庫は赤レンガ倉庫と同じころの明治20年代の建造だそう..
-
護良親王 首洗井戸大塔宮護良親王は後醍醐天皇の第一皇子で建武の新政を支えましたが、足利氏により捕縛され鎌倉二階堂に幽閉中に暗殺されてしまいました。護良親王の首級を奪い取った側近が、ここで御首を洗ったと伝わっています。
-
四つ杭跡大塔宮護良親王が鎌倉で殺害された後、その御首は家臣の手によりこの地まで運ばれてきて、井戸の水で清められたと伝わっています。その際に、4本の杭を打ち祭壇にしたとされる場所が史跡となっています。
-
王子神社横浜市戸塚区柏尾町に鎮座する大塔宮護良親王をご祭神とする神社。護良親王は鎌倉の二階堂で殺害され、その御首は家臣(侍女?)によりこの地まで運ばれてきて埋葬されたと伝わっています。
-
権太坂横浜市保土ケ谷区にある旧東海道を江戸から西へ向かう際、最初の急勾配として知られていた坂。坂の名の由来は、老人に坂の名前を尋ねたところ、 自分の名前を聞かれたと思い「権太」と答えたことからという説があり..
-
権太坂改修記念碑権太坂は横浜市保土ケ谷区にある旧東海道の坂。藤田権左衛門が万治 2年(1659年)8月15日、坂の改修を開始して翌年に完成。坂の名称は坂の改修工事を手がけた、藤田権左衛門の名から由来するとのことです。..