記事「神奈川」 の 検索結果 11987 件
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満江御前墓満江御前は日本三大仇討ちの一つとして名高い曽我兄弟の母。建久6年(1195年)に夫の祐信と共に出家し、曽我別所に大御堂を建て、兄弟の霊を供養してきましたが、正治元年(1199年)、奇しくも兄弟の七回忌..
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法蓮寺慶長19年(1614年)創建の小田原市曽我別所にある日蓮宗のお寺。曽我祐信夫妻は建久6年(1195年)に出家し、曽我別所に大御堂を建てて曽我兄弟の菩提を弔いましたが、その大御堂が後に法蓮寺に改まったと..
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北条常盤邸跡鎌倉市常盤にある遺跡。常盤邸は鎌倉幕府第7代執権北条政村の別荘として建てられたとされ、敷地内には門柱の跡ややぐら、法華堂跡が残されています。また、常盤の名は政村の号、常盤院覚崇に由来しているとのことで..
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妙光寺横浜市瀬谷区上瀬谷町にある日蓮宗のお寺で瀬谷八福神の一つ。元は天台宗のお寺でしたが、弘安5年(1282年)、池上に行く途上の日蓮がこの寺に宿泊し、時の住職が教化を受け日蓮宗に改宗したそうです。
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和田塚建保元年(1213年)5月、和田義盛は北条氏に対して挙兵しましたが敗死。和田氏は滅亡し三浦氏の権威も失墜、北条氏の勢力が強化されていきました。この付近からは多数の人骨が発見され、「和田塚」と呼ばれてい..
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稲村ケ崎元弘3年(1333年)の新田義貞の鎌倉攻めの舞台となった場所として有名。国道134号線は昭和になって開削されたもので、当時は通行不可。現在は、鎌倉海浜公園として市民に親しまれています。
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レンガ造り井戸遺構横浜市の港の見える丘公園のフランス山地区にあるレンガ造り井戸の遺構。このレンガ造り井戸は明治29年(1896年)のフランス領事公邸竣工時に、上水道が山手まで敷設されていなかったために設置されたものだそ..
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覚山尼墓鎌倉市山之内の東慶寺の境内にある、東慶寺を開山した覚山尼の墓。覚山尼は鎌倉幕府の第8代執権・北条時宗の正室で、東慶寺を建立し、夫の暴力などに苦しむ女性を救済する政策を行なったと云われています。
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しのぶ塚鎌倉市の鎌倉山にある梶原源太景季の妻・信夫のものと伝わる塚。梶原景季は、鎌倉から追放された父景時と共に京に逃れる途中、駿河国清見関で戦いに敗れて自害。嘆き悲しんだ信夫も自害したとのことです。
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関水家長屋門大和市福田にある江戸時代末期の建築と考えられている長屋門。長屋門は大名、上級武士の屋敷や上層民家の門形式の一つとして設けられていました。屋根は入母屋造り、通路部分は間口2間半です。
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北条時宗産湯の井甘縄神社は鎌倉幕府の御家人安達氏の屋敷でもありました。そして、安達氏は北条時頼の母である松下禅尼の実家であり、第八代執権北条時宗はこの安達館で生まれたそうです。
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三嶋大明神(藤沢)藤沢市の感応院の境内にある神社で、感応院の山号の由来になっています。 建久4年(1193年)に源頼朝が藤沢清親に奉行させ、豆州の三島大明神を勧請したと伝えられていて、藤沢の地名の由来の一つともなってい..