記事「神奈川」 の 検索結果 12131 件
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徳田屋跡徳田屋は文化8年(1811年)3月に、幕府が初めて許可した東浦賀の3軒の旅籠の中の1軒で、吉田松陰、佐久間象山、桂小五郎、など、幕末の有名人も宿泊したことがあるとのことです。
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旧橘樹郡役所跡記念碑旧東海道、現在の砂子交差点より少し南に下ったところにある記念碑。大正2年(1913年)に、当時の川崎町砂子に威風堂々とした橘樹郡の郡役所が建てられ、川崎・保土ヶ谷2町と17村の行政に当ったそうです。
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佐藤本陣跡東海道53次の2番目の宿場街であった川崎宿に3つあった本陣の中の1つ。別名、惣左衛門本陣といわれ、14代将軍家茂が京に上る際に宿泊しました。明治23年(1890年)、詩人佐藤惣之助がこの家で生まれまし..
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山田検校像山田検校は宝暦7年(1757年)に江戸に生まれた山田流琴曲の開祖。幼くして失明しましたが、琴を学び、のちに山田流を興しました。代表作に「江の島曲」があり、実際に江の島に滞在して構想を練ったといわれてい..
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一遍上人島井戸藤沢市の江ノ島内にある井戸で、一遍上人が遊行をしたとされる旧跡にあります。飲料水にすら窮する島民を助けるために一遍上人が掘り当てたと伝わり、今でも水をたたえているとのことです。
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江ノ島弁財天道標藤沢市の遊行ロータリーにある江ノ島弁財天道標。鍼術の考案者で江の島弁財天を厚く信仰した杉山検校が江ノ島への案内として48基の道標を建立し、そのうち11基が現存しているそうです。
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藤沢御殿跡現在の藤沢公民館と藤沢市民病院の間にあった徳川将軍家の御殿跡。藤沢宿が整備される前の慶長元年(1596年)、東海道を利用する際の休憩・宿泊施設として徳川家康が築いたと推定されているとのことです。
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蒔田本陣跡東海道53次の6番目の宿である藤沢宿の本陣跡。蒔田源右衛門が勤めた本陣で、外交使節として日本を訪れた朝鮮通信使も国賓待遇の使節ということで、蒔田本陣に宿泊した記録があるとのことです。
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飯盛女の墓旧東海道の藤沢宿で飯盛旅籠を営んでいた小松屋源蔵が建てたと伝わる飯盛女たちの墓で、39基の墓石に48体の法名が刻まれています。薄幸な女たちの墓が残されているのは、とても珍しいとのことです。
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弘法大師道標川崎大師への参詣客のために、寛文3年(1663年)に建てられ道標。現在は川崎大師の境内にありますが、当初は、川崎宿下手の土居(川崎宿の多摩川寄り入口)付近にあったそうです。
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清雲寺横須賀市大矢部にある臨済宗円覚寺派のお寺で、三浦氏3代の墓所。三浦氏の祖、村岡平太夫為通は源頼義より三浦の地を与えられ三浦姓を名乗り、衣笠城を築き、三浦氏は後の鎌倉幕府の有力御家人となりました。
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満昌寺建久5年(1194年)、三浦大介義明を開基として源頼朝が建立してお寺。 三浦義明は源頼朝挙兵の際、衣笠城で最期まで戦った功労者で、本堂前 には「頼朝手向けの杜鵑花」と伝わるサツキがあります。