記事「神奈川」 の 検索結果 12131 件
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若宮大路鎌倉の鶴岡八幡宮から由比ヶ浜まで南に向かって真っ直ぐに通っている道。源頼朝が鎌倉入り直後、政子の安産を祈ってつくったと云われています。真中に段葛があり、日本の道100選にも選ばれている道です。
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太閤石風呂足柄下郡箱根町底倉の八千代橋の袂から延びる歩道の下にある岩風呂跡。豊臣秀吉が小田原攻めの際、将兵をねぎらうため造ったとも伝わる岩風呂ですが、現在は涸れてしまい、その跡が残されています。
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小田原北條五代祭り戦国時代に小田原城を拠点とし、5代にわたってその栄華を極めた戦国大名後北条氏を称え偲ぶ祭りで、主に5代城主を模した武者行列、地元の高校、陸上自衛隊音楽隊のパレード隊などが、総勢2000人をあげて行われ..
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しとどの窟(湯河原)石橋山の戦いで惨敗した源頼朝は、やっとの思いで戦場を離脱して、山中を彷徨い、主従七騎でこの洞窟に潜んでいたとのことです。梶原景時が、頼朝一行を見逃したところとされています。
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岩海岸神奈川県の真鶴町にある真鶴半島唯一の砂浜で、入り江にあるため、比較的に波も静かで、夏には親子づれ等が多く訪れる海水浴場です。石橋山の合戦で敗れた源頼朝が安房を目指して船出した浜でもあります。
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源頼朝開帆碑治承4年(1180年)、石橋山の合戦に敗れた源頼朝が、房州に逃亡する際に船出したと伝えられるのが岩海岸で、「源頼朝開帆碑」が建てられています。頼朝が此処から無事に船出できたことが、その後の歴史を大きく..
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浦賀船渠跡浦賀船渠は横須賀市浦賀地区にあった造船所で、通称は浦賀ドック。日本海軍の駆逐艦建造で有名で、太平洋戦争後も艦艇の建造が続けられましたが、平成15年(2003年)に閉鎖されました。
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為朝神社横須賀市西浦賀に鎮座する源為朝をご祭神とする神社。寛政12年(1800年)に浜町の漁民が海に漂流していた木像(為朝の像)を引き上げ、地蔵堂に安置し祈願をすると、 その功が多かったとのことです。
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浦賀奉行所跡享保5年(1720年)年12月、幕府は浦賀に奉行所を設置し「船番所」を置いて、江戸へ出入りする船を全てここで検査する体制を整えました。また、日本近海に出没するようになった異国船から江戸を防備する役割も..
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陸軍桟橋横須賀市の浦賀湾にある、通称陸軍桟橋と呼ばれているL字形をした桟橋。浦賀港は第二次世界大戦後、外地からの引揚者を受け入れる引揚指定港となり、56万人もの引揚者がこの桟橋に上陸したとのことです。
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関東大震災慰霊塔(浦賀)関東大震災は大正12年(1923年)9月1日に関東地方で発生した大災害。浦賀でも崖崩れや火災等により大きな被害を受け、特に西浦賀では愛宕山が崩れるなどして、浦賀町だけでも202人もの犠牲者が出たとのこ..
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勝海舟断食之跡万延元年(1860年)、米国渡航の壮挙に先立ち、勝海舟は東叶神社を訪れ、太平洋横断航海の平安について祈念し、併せて自己の精神的肉体的荷重等の克服を謀るため、この地で座禅を組み断食修行を行なったとのこと..