記事「神奈川」 の 検索結果 12040 件
-
波多野城址秦野市にある平安時代末から鎌倉時代にかけて活躍した波多野氏の城址。鎌倉の鶴岡八幡宮で暗殺された源実朝の首級を手に入れた武常晴は、波多野忠綱を頼り、 秦野の地に来て実朝の首を埋葬したと伝わっています。
-
天養院三浦市初声町にある浄土宗のお寺で、本尊は行基作と伝わる薬師像。和田合戦のとき、負傷した和田義盛は痛さを感じませんでしたが、その時、この薬師像の顔や胸に傷ができ血潮が流れていたと云われています。
-
和田義盛旧里碑三浦市初声町和田、国道134号線の和田交差点の近くにある和田義盛の本拠地屋敷跡と伝わる処。和田義盛は三浦一族の支流で和田の地を領地としたことから和田を名乗り、和田一族を起こしたとのことです。
-
神明白旗神社三浦市初声町和田に鎮座し和田義盛をご祭神とする神社。和田義盛の死後、和田の村人達は自分達に尽くしてくれた義盛の恩に報いるため白旗神社を建て、義盛をご祭神として祀ったと伝わっています。
-
小松ヶ池公園三浦市、京急久里浜線沿いにある「小松が池」を中心とした公園。この池は、昔、お松さんという働き者の嫁が無理な田植えの仕事をやらされましたが、田植えをやり終えた後、田んぼごと水にのまれてしまったという伝説..
-
和田城跡三浦市初声町和田にある和田小太郎義盛の居城跡とされる処。和田義盛は16歳の秋に父・杉本義宗を亡くすと、鎌倉杉本城から三浦半島有数の穀倉地帯であった和田に移り、居館を築いたと伝わっています。
-
白鷺池円覚寺の総門の前にあり、総門とこの池の間を横須賀線が通っています。円覚寺を開山した無学祖元が鎌倉に来た時、白鷺に姿を変えた鶴岡八幡宮のご神霊が道案内をして、この池に降り立ったという伝説があります。
-
若宮大路鎌倉の鶴岡八幡宮から由比ヶ浜まで南に向かって真っ直ぐに通っている道。源頼朝が鎌倉入り直後、政子の安産を祈ってつくったと云われています。真中に段葛があり、日本の道100選にも選ばれている道です。
-
太閤石風呂足柄下郡箱根町底倉の八千代橋の袂から延びる歩道の下にある岩風呂跡。豊臣秀吉が小田原攻めの際、将兵をねぎらうため造ったとも伝わる岩風呂ですが、現在は涸れてしまい、その跡が残されています。
-
小田原北條五代祭り戦国時代に小田原城を拠点とし、5代にわたってその栄華を極めた戦国大名後北条氏を称え偲ぶ祭りで、主に5代城主を模した武者行列、地元の高校、陸上自衛隊音楽隊のパレード隊などが、総勢2000人をあげて行われ..
-
しとどの窟(湯河原)石橋山の戦いで惨敗した源頼朝は、やっとの思いで戦場を離脱して、山中を彷徨い、主従七騎でこの洞窟に潜んでいたとのことです。梶原景時が、頼朝一行を見逃したところとされています。
-
岩海岸神奈川県の真鶴町にある真鶴半島唯一の砂浜で、入り江にあるため、比較的に波も静かで、夏には親子づれ等が多く訪れる海水浴場です。石橋山の合戦で敗れた源頼朝が安房を目指して船出した浜でもあります。