記事「神奈川」 の 検索結果 12040 件
-
源頼朝開帆碑治承4年(1180年)、石橋山の合戦に敗れた源頼朝が、房州に逃亡する際に船出したと伝えられるのが岩海岸で、「源頼朝開帆碑」が建てられています。頼朝が此処から無事に船出できたことが、その後の歴史を大きく..
-
浦賀船渠跡浦賀船渠は横須賀市浦賀地区にあった造船所で、通称は浦賀ドック。日本海軍の駆逐艦建造で有名で、太平洋戦争後も艦艇の建造が続けられましたが、平成15年(2003年)に閉鎖されました。
-
為朝神社横須賀市西浦賀に鎮座する源為朝をご祭神とする神社。寛政12年(1800年)に浜町の漁民が海に漂流していた木像(為朝の像)を引き上げ、地蔵堂に安置し祈願をすると、 その功が多かったとのことです。
-
浦賀奉行所跡享保5年(1720年)年12月、幕府は浦賀に奉行所を設置し「船番所」を置いて、江戸へ出入りする船を全てここで検査する体制を整えました。また、日本近海に出没するようになった異国船から江戸を防備する役割も..
-
陸軍桟橋横須賀市の浦賀湾にある、通称陸軍桟橋と呼ばれているL字形をした桟橋。浦賀港は第二次世界大戦後、外地からの引揚者を受け入れる引揚指定港となり、56万人もの引揚者がこの桟橋に上陸したとのことです。
-
関東大震災慰霊塔(浦賀)関東大震災は大正12年(1923年)9月1日に関東地方で発生した大災害。浦賀でも崖崩れや火災等により大きな被害を受け、特に西浦賀では愛宕山が崩れるなどして、浦賀町だけでも202人もの犠牲者が出たとのこ..
-
勝海舟断食之跡万延元年(1860年)、米国渡航の壮挙に先立ち、勝海舟は東叶神社を訪れ、太平洋横断航海の平安について祈念し、併せて自己の精神的肉体的荷重等の克服を謀るため、この地で座禅を組み断食修行を行なったとのこと..
-
徳田屋跡徳田屋は文化8年(1811年)3月に、幕府が初めて許可した東浦賀の3軒の旅籠の中の1軒で、吉田松陰、佐久間象山、桂小五郎、など、幕末の有名人も宿泊したことがあるとのことです。
-
旧橘樹郡役所跡記念碑旧東海道、現在の砂子交差点より少し南に下ったところにある記念碑。大正2年(1913年)に、当時の川崎町砂子に威風堂々とした橘樹郡の郡役所が建てられ、川崎・保土ヶ谷2町と17村の行政に当ったそうです。
-
佐藤本陣跡東海道53次の2番目の宿場街であった川崎宿に3つあった本陣の中の1つ。別名、惣左衛門本陣といわれ、14代将軍家茂が京に上る際に宿泊しました。明治23年(1890年)、詩人佐藤惣之助がこの家で生まれまし..
-
山田検校像山田検校は宝暦7年(1757年)に江戸に生まれた山田流琴曲の開祖。幼くして失明しましたが、琴を学び、のちに山田流を興しました。代表作に「江の島曲」があり、実際に江の島に滞在して構想を練ったといわれてい..
-
一遍上人島井戸藤沢市の江ノ島内にある井戸で、一遍上人が遊行をしたとされる旧跡にあります。飲料水にすら窮する島民を助けるために一遍上人が掘り当てたと伝わり、今でも水をたたえているとのことです。