記事「福島」 の 検索結果 8143 件
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清水屋旅館跡会津若松市の七日町通り、大東銀行会津支店がある場所が、清水屋旅館跡。 吉田松陰が東北紀行の途中に、また戊辰戦争の際には新選組副長土方歳三 が宿泊した旅館で、明治には清水屋事件が起きている場所でもあ..
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上杉謙信公仮廟所跡会津若松城内の西南の一画にある、上杉謙信公の仮廟所跡。 慶長3年(1598年)、上杉景勝は会津移封にともない、 上杉謙信公の墓所も会津に移したとのことです。
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荒城の月碑会津若松市の会津若松城本丸月見櫓跡の石垣下にある歌碑。 「荒城」のモデルとしては、この他に、仙台市の仙台城(青葉城) 大分県竹田市の豊後竹田城(岡城)等もあるようです。
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会津若松城福島県会津若松市にある城で、鶴ヶ城、あるいは単に会津城とも呼ばれています。寛永20年(1643年)出羽国山形より3代将軍徳川家光の庶弟である保科正之が23万石で入封以来、明治維新まで会津松平家の居城で..
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芦ノ牧温泉福島県会津若松市にある温泉で、阿賀川を見下ろす高台に温泉街が広がり、 「会津芦ノ牧温泉」と呼ばれることも多いとのことです。 開湯伝説では行基による発見ですが、弘法大師による発見説もあるそうです。
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戸の口堰洞穴天保年間に会津平野の灌漑用水として猪苗代湖より通水した洞穴。 戊辰戦争の折、 白虎隊が鶴ヶ城の情勢を確認するため、戸の口原から 飯盛山に向かう途中、この洞穴を通ったとのことです。
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白虎隊の墓福島県会津若松市の飯盛山の山中にある、白虎隊士の墓。 戊辰戦争後、白虎隊士の埋葬は許可されず、密かに妙国寺に仮埋葬され ましたが、明治2年にようやく飯盛山の中腹に合葬がゆるされたとのことです。
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白虎隊自刃の地若松城下に迫りつつある新政府軍を迎え撃つため、白虎隊二番隊は戸ノ口原 に出陣しましたが、決定的打撃を受けて潰走し、飯盛山へと落ち延びました。 飯盛山から城下の火災を目にした総勢20名は、ここで自刃..
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飯沼貞雄墓会津若松市の飯盛山にある、白虎隊の生存者、飯沼貞吉の墓。 年齢を偽って白虎隊に参加し、飯盛山で他の十九士と共に自刃に及んだが、 死に切れず命を救われ、維新後は貞雄と改名し、77歳で生涯を終えました..
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松平容保弔歌の碑会津若松市の飯盛山にある、松平容保が白虎隊に捧げた弔歌の碑。 「幾人の涙は石にそそぐともその名は世々に朽じとぞ思う」 源容保 松平容保は、会津戦争の時の会津藩主でした。
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戸ノ口原古戦場慶応4年 (1868年)8月22日、新政府軍は母成峠の藩境を突破し、 「戸ノ口十六橋」を占拠して、会津城下への侵入の動きを見せました。 この地で、これを迎え撃とうとした白虎隊も苦戦し、撤退を余儀な..
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十六橋猪苗代町と会津若松市に跨る日橋川に架かる橋で、旧若松街道が通る橋。 名前の由来は、弘法大師が16の塚を作り橋を作ったとのことからだそうです。 慶応4年(1868年)に、会津戦争「十六橋の戦い」の舞..