記事「長野」 の 検索結果 7848 件
-
海野氏発祥の郷海野氏は、信濃国小県郡海野荘(現在の長野県東御市本海野)を 本貫地とした武家の氏族で、真田氏は海野氏の支流と云われています。 平安時代から根津氏、望月氏と並んで「滋野三家」と呼ばれていたそうです。..
-
木曽義仲館跡(依田館)上田市御嶽堂にある、木曽義仲の実質的な挙兵の地と言われているところ。 治承4年(1180年)9月、木曽で挙兵した木曾義仲は、この依田館に入城 し、 翌年、白鳥河原に三千余騎を 集め北陸方面へと進..
-
御嶽神社上田市御嶽堂にある、大己貴命、少彦名命、安閑天皇をご祭神とする神社。 創祀年代は不詳ですが、一説には、木曽義仲が「王の御嶽」として信仰し ていた木曾の御嶽山の神(大己貴命・少彦名命)を祀ったと伝わ..
-
義仲馬大門長野県上田市御嶽堂の宝蔵寺(岩屋観音堂)は、依田城にも近く、 木曽義仲が挙兵の際、ここで戦勝祈願をしたとされていますが、 その際に、義仲が馬で登った道が現在「義仲馬大門」と呼ばれています。
-
義仲桜長野県上田市御嶽堂の宝蔵寺(岩屋観音堂)の境内にある、樹齢推定 800年以上のエドヒガンで、毎年春になると、見事な花を咲かせるそうです。 木曽義仲が戦勝祈願したこの地で、義仲が手植えしたと伝えられ..
-
宝蔵寺長野県上田市御嶽堂にあるお寺で、岩谷堂観音の御堂としても有名。 平安時代初期の建立で、信濃33観音霊場、中部49薬師霊場でもあり、 また、木曽義仲戦勝祈願の地としても知られています。
-
依田川長野県の小県郡長和町和田峠付近に源を発し、途中で、和田川・男女倉川、 大門川を合わせ、上田市大屋地先で千曲川に合流する一級河川。 4月中旬からは丸子橋上流で、「依田川鯉のぼり」が行われるそうです。..
-
安良居神社長野県上田市を流れる依田川の畔の丸子公園内にある上丸子区の氏神。 創立年月は不詳ですが、義仲創建とも伝えられていて、治承4年(1180年) 義仲が依田城に拠って挙兵した時に、戦勝を祈願したと伝わっ..
-
真田・徳川会見の地第二次上田合戦の時、上田城に籠る真田昌幸・信繁父子と、東軍の使者 として真田信幸と本多忠政が、会見した場所が信濃国分寺とされています。 この合戦で、真田昌幸は徳川軍を上田城に釘付けにすることができ..
-
信濃国分寺上田市国分にある天台宗のお寺で、奈良時代に聖武天皇の詔により日本 各地に建立された国分寺のうち、信濃国国分寺の後継寺院にあたります。 国分寺僧寺跡の北方300mの場所に現在の国分寺があります。
-
信濃国分寺跡国分寺は、天平13年(741年)に聖武天皇が仏教による国家鎮護のため、 当時の日本の各国に建立を命じたお寺で、信濃国分寺は、現在の上田市 に建立され、その跡地は信濃国分寺跡史跡公園となっています。..
-
松代大本営跡松代大本営は、太平洋戦争末期、日本の政府中枢機能移転のために、 現在の長野県長野市松代地区などの山中の3箇所に掘られた地下坑道。 昭和19年(1944年)に工事が始まり、総延長が約10kmにもなり..