記事「長野」 の 検索結果 8449 件
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伊那市長谷の中央構造線中央構造線(MTL)は西南日本を二分する大断層である. その存在は地形的にも明瞭で,断層に沿って大きな谷が発達している. 谷が形成されるのは,断層周辺の岩石が破砕されて侵食され易いためである. ..
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長谷湖と美和湖三峰川には高遠湖,美和湖,長谷湖などのダム湖が連なっている.長谷湖と美和湖を回る遊歩道などはないが,高速道路風の道路や山道や林道などがある.今回は長谷湖の左岸などを南から北に向かって歩いた. 高..
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戸倉山(伊那富士)伊那北駅8時50分発のバスで高遠へ.バス代は510円である.そこで杉島行きに乗り換えて,伊那里へ. バスの運ちゃんが戸倉山(とぐらさん)なら上村駅だと教えてくれた. バス代はどこでも一乗り200円..
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万治の石仏諏訪大社下社春宮から程近い処にある、万治3年(1660年)に造られ、現在は下諏訪町の指定有形文化財に指定されてる石仏。下社春宮に石の大鳥居を立てるよう命じられた石工が、この大石を材料にしようと鑿を入れ..
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霞ヶ城(手塚城)跡諏訪大社下社秋宮のすぐ近くにある城の跡。手塚別当金刺光盛の居城だった処で、金刺光盛は源義仲の挙兵に従い、寿永2年(1183年)加賀の篠原の戦いで、敗走する平家軍の中でただ一人踏みとどまって奮戦する斎藤..
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金刺盛澄像霞ヶ城の城主、手塚別当金刺光盛の兄。金刺盛澄は、治承・寿永の乱で源義仲の挙兵に従いましたが、義仲が討伐された後、源頼朝によって捕縛され処刑されようとしました。しかし、藤原秀郷流弓術を継承する名手であっ..
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与助尾根遺跡長野県茅野市豊平の尖石遺跡の北側にある縄文時代中期の集落遺跡で、尖石・与助尾根遺跡として一括して扱われるとが多いそうです。こちらの与助尾根遺跡では、28か所の住居、石鏃10、打製石斧14、破片4、磨製..
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尖石遺跡長野県茅野市豊平にある縄文時代中期の集落遺跡。竪穴式住居跡33か所をはじめ、53か所の炉跡や列石、竪穴群、屋外埋甕などが発掘されていますが、土器に比べ石器の出土が極端に少ないそうです。また「尖石」の名..
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尖石長野県茅野市豊平にある縄文時代中期の集落遺跡である尖石遺跡の名称の由来となった岩で、古くから村人の信仰の対象となっていたそうです。この石の下には宝物が隠されているとの言い伝えが有り、ある時こっそりと村..
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田ノ原湿原志賀高原の中にある高層湿原で、長野県の天然記念物に指定されています。太古の昔、志賀山の噴火により流れた溶岩が角間川をせき止めて湖ができ、そこに生えたミズゴケが腐らず、数mの厚さに積み重なってきていると..
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徳川家大奥供養塔(善光寺)長野市の善光寺境内にある徳川家大奥供養塔。三代将軍家光の夫人本理院、乳母春日局ら、江戸初期の大奥関係者の供養塔とのこと。善光寺如来様は幕府の女性から篤く信仰され、江戸で出開帳が行われた時には、前立御本..
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聖パウロカトリック教会長野県北佐久郡軽井沢町にあるカトリックの教会。昭和10年(1935年)に英国人のワード神父により設立され、米国建築学会賞を受賞したアントニン・レーモンドが設計を担当、軽井沢の歴史的建造物の一つになって..