記事「長野」 の 検索結果 8449 件
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今井兼平墓(川中島)長野市川中島の今井神社の隣接地にある今井四郎兼平の墓。 今井 兼平は義仲四天王の一人で義仲に従い各地を転戦しましたが、 元暦元年(1184年)正月、琵琶湖の畔の粟津で義仲とともに敗死しました。
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今井神社(長野市)今井兼平を祀った神社で今井兼平の館跡との説もあります。 今井兼平は義仲四天王の一人で、木曽義仲に従って横田河原の戦いに 出陣し、当時「雲井の里」と呼ばれていたこの地に陣を張ったとのことです。
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木曽義仲挙兵の地木曽義仲は、治承4年(1180年)義仲が27歳の時、木曽で挙兵したということですが、その後、依田城で兵を蓄え、ここから京を目指して出陣しました。 依田城跡周辺には木曽義仲に纏わる史跡も多く、挙兵の地と..
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依田城跡長野県上田市御岳堂にある山城跡で、山頂は標高804.6m。 平安時代末期の治承4年(1180年)、木曽義仲 の挙兵にあたり、 依田次郎実信は木曽義仲にこの城を明け渡したと伝わっています。
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根井行親供養塔長野県佐久市の正法寺境内にある木曽義仲四天王の一人である根井行親の供養塔。 根井行親は義仲が治承4年(1180年)に信濃国の依田城で挙兵して以降義仲に従い各地に転戦し、宇治川の戦いで敗死したとされてい..
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根井氏居館跡長野県佐久市根々井字亀田の正法寺が根井氏居館跡と伝わっています。 根井氏は滋野氏の一族である望月氏の支流と云われ、 根井行親は木曽義仲の四天王の一人と数えられています。
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龍岡城址元治元年(1864年)築城開始、慶応3年(1867年)完成の西洋式城郭。 函館五稜郭と同じく五芒星形の城で、龍岡五稜郭とも呼ばれています。 城跡は現在、佐久市立田口小学校として利用されています。
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盾六郎親忠館跡楯親忠は根井行親の六男。義仲四天王の一人として数えられ、 義仲に従って横田河原の戦いや倶利伽羅峠の戦いなどで活躍しました。 宇治川の合戦に父・行親と共に参戦、六条河原で討ち取られたとのことです。
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上田原古戦場上田原の戦いは、天文17年(1548年)2月14日に信濃国上田原で行なわ れた、甲斐国の戦国大名武田晴信(後の信玄)と北信濃の戦国大名村上義清との戦い。 武田晴信はこの合戦で重臣と多くの将兵を失い、初..
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真田幸村像(上田駅前)現在の長野県上田市にある上田城は真田氏の重要な拠点であった城。 真田信繁(幸村)は上田城で徳川軍からの二度に亘る攻撃を退けました。 その後、真田信繁は大坂夏の陣で、その最期まで徳川軍と戦い抜きました。..
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真田氏本城跡長野県上田市真田町にある山城跡。真田氏は真田信繁(幸村)の父である 真田昌幸の代に上田城に移りましたが、その以前、3代に亘り本城としていたとされるのがこの城。 真田山城、松尾新城、住連寺城、十林寺の城..
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御屋敷公園真田氏が上田城を居城とする前に住んでいたといわれる居館の跡。 山城の真田氏本城が真田氏の居城でしたが、日常生活は山城ではなく、 この平地にある居館で営んでいたといわれているそうです。