記事「長野」 の 検索結果 8449 件
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宝輪寺松本市今井にある厄除けの寺として知られる高野山真言宗のお寺。 安元・治承の頃、今井に住した今井四郎兼平が、このお寺の荒廃を歎いて 祈願寺として再建し、自ら中興の開基となったと伝えられています。
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今井神社長野県松本市今井地区に鎮座する神社で、続麻神社と合祀されています。 社伝によると、この地はもと、今井兼平の館のあった処で、社の前の道は、 兼平の尊崇した西洗馬薬師堂への参詣道であったと伝わっているそう..
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高島城長野県の諏訪湖畔にあり諏訪の浮城とも呼ばれる日本三大湖城の一つ。文禄元年 (1592年)から慶長3年(1598年)にかけて日根野高吉が築城。江戸時代 には諏訪藩の政庁でもあり藩主の居所でもあったそうで..
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吉良義周墓吉良義周は吉良上野介義央の孫にして養子でもあった人物で、松の廊下の刃傷事件の後、吉良義央のあとを継いで吉良家の 当主となりました。しかし、赤穂浪士の吉良邸討ち入り事件のため改易されてしまい、その後、信..
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法華寺諏訪大社上社本宮の神宮寺として栄えたのが、現在は臨済宗の法華寺。 天正10年(1582年)の織田信長の甲斐侵攻の際、信長は法華寺に本陣を置きましたが、 ここで明智光秀を折檻したのが本能寺の変の発端とな..
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雷電為衛門像雷電爲右エ門は信濃国小県郡大石村(現・長野県東御市)出身の 元大相撲力士で、大相撲史上未曾有の最強力士とされています。 諏訪大社上社本宮境内に、矢崎虎夫作(文部大臣賞受賞)の像があります。
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胴合橋長野市篠ノ井杵淵の信州そば蔵長野店に隣接してある小さな橋。 第4次川中島の戦いで、武田信玄の軍師である山本勘助は戦死。その戦死した山本勘助の首と胴を合わせたという伝説の場所です。
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青木神社(陣場河原八幡宮)跡永禄4年(1561年)9月の第4次川中島の戦い・八幡原の激戦で、前半不利だった武田軍が後半には攻勢に転じ、上杉軍は劣勢となり犀川を渡って撤退。戦いの終了後、武田軍は、この神社で勝鬨をあげたと伝わってい..
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茶臼山本陣跡永禄4年(1561年)8月、上杉謙信は1万3千の兵を率いて妻女山に陣をとり、それに対し、武田信玄は甲府から進軍、この茶臼山に本陣を構えたそうです。10日後、信玄は茶臼山を降りて海津城に入り、両軍はにら..
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松本城永正年間(1504-1520年)に小笠原氏が林城の支城として築城したのが始まりとのこと。天守は安土桃山時代末期-江戸時代初期に建造された現存天守12城の一つとして国宝に指定(天守が国宝指定されているの..
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諏訪御料人供養塔長野県岡谷市の小坂観音院の境内にある諏訪御料人の供養塔。諏訪御料人は諏訪頼重の娘で武田勝頼の母ですが、本名は不明。小説の中では、湖衣姫、由布姫、とも名づけられています。
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小坂観音院長野県岡谷市にある真言宗智山派のお寺で、かつては諏訪大社の社坊。諏訪氏の祈願所だったところで、井上靖の著書「風林火山」では、諏訪頼重の娘の由布姫が武田信玄の側室となり、この観音院で暮らす設定になってい..