記事「長野」 の 検索結果 8449 件
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妻女山長野市松代町と千曲市土口が境を接する山で、第4次川中島の戦いの際に上杉謙信が陣を張ったところとして知られています。上杉謙信はこの山を下り雨宮の渡しを渡り、八幡原の決戦場へ向かったとされています。
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雨宮の渡し跡「雨宮の渡し」は古来から重要な軍事上の千曲川の渡河地域で、川中島の戦いの時には上杉謙信が夜半に妻女山を下り、この渡し場を秘かに越えて武田信玄の本陣に突撃したと伝わっています。現在は千曲川の流れが大きく..
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絵島囲み屋敷跡(非持村)江戸時代中期に起こった江戸城大奥の大醜聞事件の当事者である絵島は、月光院の嘆願により罪一等を減じて高遠藩内藤清枚にお預けとなりました。絵島が最初に幽閉されたのが、非持村の囲み屋敷だったということです。..
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松本市旧司祭館松本市に残る明治時代の洋式住宅。松本カトリック教会の宣教師用住居として松本城内三の丸の大名屋敷があった地蔵清水に建設されましたが、 平成3年(1991年)に、現在の旧開智学校の隣地に移築復元されました..
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旧開智学校長野県松本市開智に残る洋風建築の校舎。明治9年(1876年)4月に竣工し、 昭和38年(1963年)3月まで約90年間使用された日本で最も古い小学校の一つである開智学校は、 文明開化時代の小学校建築を..
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福島宿中山道37番目の宿場町で関所が設けられ、古くから栄えてきた町です。昭和2年(1927年)の大火でほとんどが焼失してしまいましたが、再建された家が板葺屋根形式で重石を載せた家でしたので、その面影は残され..
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高札場(福島宿)高札場は幕府や諸藩等が法令等を掲示するために、往来の激しい地点、大きな橋の袂、町や村の入り口や中心部などに設置していたそうです。木曽福島宿にも、高札場が復元されていて、往時を偲ぶことができます。
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山村代官屋敷山村家は木曽谷の徳川直轄地の支配を任されていた代官家。福島関所の関守を兼ねていた山村代官家の下屋敷の一部と庭園が現存していて、山村家の文化資料、著書、調度品などとともに公開展示されています。
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木曽家代々之墓興禅寺は長野県木曽郡木曽町にある臨済宗妙心寺派のお寺で、 木曽義仲の追善供養のため、木曾氏が創建したと伝わっています。興禅寺の境内には木曽家代々之墓があります。
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木曽義仲墓(興禅寺)長野県木曽郡木曽町の興禅寺境内に木曽義仲の墓があります。木曽義仲は寿永3年(1184年)、琵琶湖畔の粟津で敗死しましたが、この墓には死の直前、義仲が巴御前に託した遺髪が納められているそうです。
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遠藤五平太生家跡遠藤 五平太は現在の長野県木曽郡木曽町福島で生まれた幕末の武士。中西派一刀流の剣術家で、五平太の弟子は約800人にのぼり、信濃だけでなく飛騨や美濃東部、尾張からも入門者がいたそうです。
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高瀬家資料館高瀬家は現在の木曽郡木曽町にある島崎藤村の姉、園が嫁いだ旧家で、島崎藤村の小説「家」のモデルになっていることで知られています。現在は藤村、関所番などに関わる資料を展示する資料館となっています。