記事「長野」 の 検索結果 8398 件
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C-56 144号C56形蒸気機関車は、日本国有鉄道(国鉄)の前身である鉄道省が製造 した小型軽量テンダー式蒸気機関車で、愛称はシゴロク、高原のポニー。 144号が、長野県小諸市の小諸城址懐古園駐車場に展示されてい..
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本陣跡(海野宿)北国街道が開削された寛永2年(1625)当時は、本宿は田中宿で、本陣は 田中宿のみに設けられていたそうですが、寛保2年(1742年)の大洪水で 田中宿が大被害を受け、海野宿に本陣が設けられる事とな..
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海野宿寛永2年(1625年)に、江戸幕府によって設置された、北国街道の宿場。 約650 mにわたり街並みが続き、本陣1軒と脇本陣2軒が設けられ、佐渡 の金の輸送、善光寺への参拝客などで非常に賑わいをみせ..
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白鳥神社長野県東御市本海野に鎮座する神社で、日本武尊が東夷東征の際、当地 に滞在した故事から、尊の御霊を勧請したのが始まりと伝えられています。 木曽義仲が武将3千騎を集め挙兵した白鳥河原は、この社前だった..
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海野氏発祥の郷海野氏は、信濃国小県郡海野荘(現在の長野県東御市本海野)を 本貫地とした武家の氏族で、真田氏は海野氏の支流と云われています。 平安時代から根津氏、望月氏と並んで「滋野三家」と呼ばれていたそうです。..
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木曽義仲館跡(依田館)上田市御嶽堂にある、木曽義仲の実質的な挙兵の地と言われているところ。 治承4年(1180年)9月、木曽で挙兵した木曾義仲は、この依田館に入城 し、 翌年、白鳥河原に三千余騎を 集め北陸方面へと進..
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御嶽神社上田市御嶽堂にある、大己貴命、少彦名命、安閑天皇をご祭神とする神社。 創祀年代は不詳ですが、一説には、木曽義仲が「王の御嶽」として信仰し ていた木曾の御嶽山の神(大己貴命・少彦名命)を祀ったと伝わ..
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義仲馬大門長野県上田市御嶽堂の宝蔵寺(岩屋観音堂)は、依田城にも近く、 木曽義仲が挙兵の際、ここで戦勝祈願をしたとされていますが、 その際に、義仲が馬で登った道が現在「義仲馬大門」と呼ばれています。
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義仲桜長野県上田市御嶽堂の宝蔵寺(岩屋観音堂)の境内にある、樹齢推定 800年以上のエドヒガンで、毎年春になると、見事な花を咲かせるそうです。 木曽義仲が戦勝祈願したこの地で、義仲が手植えしたと伝えられ..
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宝蔵寺長野県上田市御嶽堂にあるお寺で、岩谷堂観音の御堂としても有名。 平安時代初期の建立で、信濃33観音霊場、中部49薬師霊場でもあり、 また、木曽義仲戦勝祈願の地としても知られています。
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依田川長野県の小県郡長和町和田峠付近に源を発し、途中で、和田川・男女倉川、 大門川を合わせ、上田市大屋地先で千曲川に合流する一級河川。 4月中旬からは丸子橋上流で、「依田川鯉のぼり」が行われるそうです。..
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安良居神社長野県上田市を流れる依田川の畔の丸子公園内にある上丸子区の氏神。 創立年月は不詳ですが、義仲創建とも伝えられていて、治承4年(1180年) 義仲が依田城に拠って挙兵した時に、戦勝を祈願したと伝わっ..