記事「長野」 の 検索結果 8398 件
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真田・徳川会見の地第二次上田合戦の時、上田城に籠る真田昌幸・信繁父子と、東軍の使者 として真田信幸と本多忠政が、会見した場所が信濃国分寺とされています。 この合戦で、真田昌幸は徳川軍を上田城に釘付けにすることができ..
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信濃国分寺上田市国分にある天台宗のお寺で、奈良時代に聖武天皇の詔により日本 各地に建立された国分寺のうち、信濃国国分寺の後継寺院にあたります。 国分寺僧寺跡の北方300mの場所に現在の国分寺があります。
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信濃国分寺跡国分寺は、天平13年(741年)に聖武天皇が仏教による国家鎮護のため、 当時の日本の各国に建立を命じたお寺で、信濃国分寺は、現在の上田市 に建立され、その跡地は信濃国分寺跡史跡公園となっています。..
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松代大本営跡松代大本営は、太平洋戦争末期、日本の政府中枢機能移転のために、 現在の長野県長野市松代地区などの山中の3箇所に掘られた地下坑道。 昭和19年(1944年)に工事が始まり、総延長が約10kmにもなり..
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佐久間象山生誕地江戸時代後期の松代藩士で、兵学者・朱子学者・思想家の佐久間象山は、 文化8年(1811年)2月28日、信濃松代藩士・佐久間一学国善の長男として 信濃埴科郡松代字浦町で生まれ、生家跡は象山神社の隣接..
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象山神社長野市松代町にある、松代藩士で思想家であった佐久間象山を祀る神社。 大正2年(1913年)の象山殉難50年祭を機に、地元松代町出身の大審院長 横田秀雄を中心に建立が計画され、昭和13年(1938年..
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佐久間象山像長野市松代町に鎮座する象山神社の鳥居前にある、佐久間象山の像。 佐久間象山は、江戸時代後期の松代藩士、兵学者・朱子学者・思想家で、同じ 松代出身の、山寺常山、鎌原桐山、と共に松代三山の一人とされて..
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象山記念館佐久間象山の生誕地近くにある佐久間象山の記念館で、地元有志により、 昭和40年(1965年)9月に、展示施設としての象山記念館が完成し、 昭和42年(1967年)3月に、記念館は長野市に譲渡された..
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横田城跡養和元年(1181年)、此処にあった横田城に木曾義仲の旗揚げを鎮圧 するため、越後から圧倒的な大軍を率いて城氏が入城したとされています。 しかし、寡兵の木曾側の奇策によって敗走したそうです。
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観音寺長野県 長野市篠ノ井横田にある、真言宗豊山派のお寺。 横田河原の合戦や大塔合戦の頃は、千曲川岸に近く自然堤防上に 位置するこの辺りに、「横田砦」が存在したとする説があるそうです。
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上田城天正11年(1583年)、武田氏の旧臣である真田昌幸による築城。 二度にわたる徳川軍の攻撃を撃退した上田合戦が行われたことでで有名。 現在は、上田城跡公園として、市民に親しまれています。
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ホワイトリング長野オリンピック開催に当たり建設され、フィギュアスケート及び ショートトラックスピードスケートの会場となった施設で、現在は体育館。 正式名は「長野市真島総合スポーツアリーナ」で、「ホワイトリング」..