記事「長野」 の 検索結果 8398 件
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長野オリンピック展示コーナー(エムウェーブ)エムウェーブ内にある、長野オリンピックに関する展示コーナー。 平成11年(1999年)に「長野オリンピック記念館」が開館しましたが、 平成20年(2008年)に「長野オリンピック記念展示コーナー」..
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エムウェーブ長野市にある多目的アリーナで、愛称はエムウェーブ(M-WAVE)。 会場名の由来は、アリーナの断面構造が、『M』に似ているためとのことです。 1998年の長野オリンピックのスピードスケート会場とし..
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市村神社市村の産土神で、口碑では、創建が文治年間(1185~90年)とのことです。 治承4年(1180年)9月7日に起きた、源義仲が関与した記録に初めて残る 戦いである市原合戦は、このあたりで行われたと伝..
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今井兼平墓(川中島)長野市川中島の今井神社の隣接地にある今井四郎兼平の墓。 今井 兼平は義仲四天王の一人で、義仲に従い各地を転戦しましたが、 元暦元年(1184年)正月、琵琶湖の畔の粟津で義仲とともに敗死しました。
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今井神社(長野)今井兼平を祀った神社で、今井兼平の館跡との説もあります。 今井兼平は義仲四天王の一人で、木曽義仲に従って横田河原の戦いに 出陣し、当時「雲井の里」と呼ばれていたこの地に陣を張ったとのことです。
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北向観音長野県上田市の別所温泉にある天台宗のお寺。 善光寺が来世の利益、北向観音が現世の利益をもたらすということで 善光寺のみの参拝では「片参り」になってしまうと言われています。
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木曽義仲挙兵の地木曽義仲は、治承4年(1180年)義仲が27歳の時、木曽で挙兵したという ことですが、その後、依田城で兵を蓄え、ここから京を目指して出陣しました。 依田城跡周辺には、木曽義仲に纏わる史跡も多く、挙..
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依田城跡長野県上田市御岳堂にある山城跡で、山頂は標高804.6m。 平安時代末期の治承4年(1180年)、木曽義仲 の挙兵にあたり、 依田次郎実信は、木曽義仲にこの城を明け渡したと伝わっています。
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根井行親供養塔長野県佐久市の正法寺境内にある、根井行親の供養塔。 義仲四天王の一人で、治承4年(1180年)信濃国の依田城で挙兵して以後、 義仲に従い各地に転戦、宇治川の戦いで敗死したとされています。
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根井氏居館跡長野県佐久市根々井字亀田の正法寺が、根井氏居館跡と伝わっています。 根井氏は滋野氏の一族である望月氏の支流と云われ、 根井行親は、木曽義仲の四天王の一人と数えられています。
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龍岡城祉元治元年(1864年)築城開始、慶応3年(1867年)完成の西洋式城郭。 函館五稜郭と同じく五芒星形の城で、龍岡五稜郭とも呼ばれています。 現在は、佐久市立田口小学校として利用されています。
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盾六郎親忠館跡楯親忠は、根井行親の六男で、義仲四天王の一人として数えられ、 義仲に従って横田河原の戦いや倶利伽羅峠の戦いなどで活躍しました。 宇治川の合戦に父・行親と共に参戦、六条河原で討ち取られたとのことです..