記事「静岡」 の 検索結果 9339 件
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独鈷の湯弘法大師が大同2年(807年)に修善寺を訪れたとき、手に持った独鈷杵で川中の岩を打ち砕き、霊泉を噴出させ、その湯で病人が完治したそうです。これでこの地方に湯治療養が広まり、修善寺温泉が始まったとされて..
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修禅寺修善寺温泉街の中心にあり、修善寺の地名の由来ともなった曹洞宗のお寺。源頼朝の弟の源範頼、また源頼朝の息子の源頼家が幽閉され、その後、2人ともこの地で殺害されたことで知られています。「修禅寺物語」の題材..
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源範頼墓源範頼は源義朝の六男で、源頼朝の異母弟、源義経の異母兄。木曽義仲・平家追討の戦いでは、義経と共に源氏軍を率い功績をあげましたが、兄の頼朝に謀反の疑いをかけられ、修禅寺に幽閉後に殺害されてしまいました。..
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源頼家墓源頼家は父頼朝の急死により18歳で鎌倉幕府の第2代将軍となりましたが、頼家による独断的な政治手法が御家人たちの反発を招き、伊豆の修善寺に幽閉され、北条氏の手により暗殺されてしまいました。 ..
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指月殿鎌倉幕府の2代将軍源頼家は修禅寺に幽閉中に殺害されました。指月殿は北条政子が息子頼家の菩提所として建立したと伝わっていて、伊豆最古の木造建築と云われています。
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十三士墓鎌倉幕府第2代将軍源頼家が北条氏の陰謀に遭い修禅寺に幽閉され、入浴中に幕府からの刺客により惨殺されました。その6日後、頼家の家臣らは謀反を試みましたが失敗し討伐され、ここに葬られたとのことです。
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守山八幡宮静岡県伊豆の国市、北条氏邸があったとされる守山の中腹にある神社。治承4年(1180年)8月15日、源頼朝は平家追悼を祈願してこの地で挙兵。頼朝はここから山木館方面に火の手が上がるのを眺めたと伝わってい..
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北条時宗墓(伊豆)北条時宗は鎌倉幕府の第8代執権で、2度に渡る元寇を退けましたが、32歳という若さで亡くなり、鎌倉の円覚寺(仏日庵)に葬られました。時宗の子の正宗は、両親の遺骨の一部を伊豆の成福寺に移して墓をつくりまし..
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北条政子産湯井戸北条政子は保元2年(1157年)、北条時政の長女として伊豆韮山で出生。当時流人であった源頼朝と恋に落ち、源頼朝の正妻となり、頼朝の死後は、尼将軍として鎌倉幕府を主導していきました。
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堀越御所跡静岡県伊豆の国市にある足利政知の館跡とされているところ。足利政知は鎌倉公方として京より下ってきましたが、鎌倉に入ることができず、この地に留まり、古河公方に対して堀越公方と称されるようになりました。
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願成就院静岡県伊豆の国市にある高野山真言宗のお寺。北条時政が奥州平泉討伐の戦勝祈願のために建立したと云われていますが実際には、北条氏の氏寺として建立されたもののようです。
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おびん水建久4年(1193年)、源頼朝が富士の裾野で巻狩りを行った際、ここに立ちより鏡のような水面に顔を映し、鬢のほつれをなでつけたと言い伝えられているそうです。また、富士講の霊場の一つになっているとのことで..