記事「静岡」 の 検索結果 9462 件
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興国寺城跡長享元年(1487年)、今川氏の客将であった伊勢新九郎盛時(北条早雲)は、 今川氏の家督争いでの活躍により、今川氏よりこの城を与えられました。 その後、盛時は伊豆に侵入、伊豆国の領主となり韮山城に..
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八幡神社(清水町)静岡県の清水町を流れる黄瀬川の近くに鎮座する、譽田別命(応神天皇)、 比売神、息長足姫命(神功皇后)の三神をご祭神とする神社。 境内には、頼朝と義経が対面した時に着座したと伝わる二つの石があります..
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対面石治承4年(1180年)10月、黄瀬川近くのこの地に陣を構えまていた 源頼朝のもとに、遥々奥州平泉から、弟である源義経が駆けつけてきました。 その対面時に、二人が腰を掛けたのが、この対面石であると伝..
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香山寺伊豆の国市韮山町にある、山木兼隆の開基と伝わる臨済宗建長寺派のお寺。 山木兼隆は、伊豆国の目代でしたが、治承4年(1180年)の源頼朝の挙兵に 際して、真っ先に館を襲撃され、討ち取られてしまいまし..
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韮山城跡韮山城は15世紀末に、北条早雲の関東経略の拠点として整備された城で、 後北条氏の関東支配後も、伊豆支配の拠点として維持されました。 権現曲輪には、早雲が城の守護神として創建した熊野神社が建っていま..
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毘沙門堂この地は、文覚上人の配流地となっていた所で、文覚上人は、ここから度々、 蛭ヶ小島の源頼朝のもとを訪れ、平家打倒の挙兵を促していたそうです。 現在、毘沙門堂は国清寺の鎮守として管理されているそうです..
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国清寺貞治元年(1362年)、室町幕府の有力者・畠山国清が創建したとされるお寺。 応安元念(1368年)、関東管領の上杉憲顕が本格的な寺院として修築し、 室町幕府3代将軍足利義満の時には、関東十刹の6..
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山中城跡北条氏康により築城された城で、小田原の西の防衛を担う最重要拠点。 天正18年(1590年)の小田原征伐では、豊臣秀次率いる7万の軍勢の 猛烈な力攻めの結果、200の守兵の山中城はわずか半日で落城し..
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平維盛墓静岡県富士宮市上稲子に、平維盛の墓とされている石塔があります。 平維盛は一ノ谷の戦い前後、陣中から逃亡し、3月末に熊野沖で入水自殺 したとされていますが、それ以降の生存説もあるそうです。
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大石寺静岡県富士宮市にある、開基檀那は南条時光で、第二祖日興により、 正応3年(1290年)10月12日に、開創された日蓮正宗の総本山。 寺号の大石寺は地名の大石ヶ原に由来するとのことです。
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曾我兄弟像(曽我寺)静岡県富士市久沢の曽我寺境内にある、曽我兄弟の像。 曽我寺は曽我兄弟の菩提を供養をしたお寺で、 境内には、像の他にも、曽我兄弟の墓があります。
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曾我兄弟墓(曽我寺)静岡県富士市久沢の曽我寺境内にある、曽我兄弟の墓。 仇討ち事件の翌日の建久4年5月29日、兄弟の父への孝心から、助命を 考えた頼朝でしたが、祐経の遺児の手前、五郎の斬首が決まったそうです。