記事「館跡」 の 検索結果 185 件
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小石川後楽園東京都文京区にある都立庭園。水戸徳川家の江戸上屋敷内につくられた築山泉水回遊式の日本庭園で、国の特別史跡及び特別名勝。徳川光圀が明の遺臣朱舜水の選名によって「後楽園」と命名して完成させました。
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足立遠元館跡桶川市役所桶川東公民館の脇に足立遠元の館跡の碑があります。足立遠元は足立氏の祖で、平治の乱で源義朝に従軍して功績を挙げ、馬術に優れた武士であると「平治物語」に記述されているそうです。
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大泉寺静岡県沼津市にある曹洞宗のお寺で、阿野全成の館跡でもあります。阿野全成の幼名は今若で、牛若(源義経)の同母兄にあたり、源平の争乱後に駿河の阿野荘を賜って阿野全成と呼ばれるようになったそうです。 ..
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陣屋秦野市の鶴巻温泉にある陣屋旅館の通称で知られている旅館。この陣屋の地は鎌倉幕府の時、源頼朝の側近で四天王の一人と言われた侍所別当、和田義盛公の陣地だったとのことです。
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英勝寺鎌倉の扇ガ谷、扇谷上杉家の宰相であった太田道灌の館跡にあるお寺。開基は、太田道灌の末裔であり徳川家康の側室であった梶(勝)の方。家康の死後、落飾して永勝院と称し、英勝寺を建立しました。
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真田邸長野市松代町にある松代藩主真田家の屋敷だったもので、現在は長野市の所有になっています。江戸時代末期に9代藩主真田幸教が当初は義母お貞の方の住居として建築し、やがて隠居した幸教の住居となり、明治以降は真..
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江田館跡平成12年(2000年)に国指定史跡に指定された群馬県太田市にある新田荘遺跡。鎌倉攻めに従軍した江田行義の館跡であり、その後、戦国時代には金山城主横瀬氏の家臣矢内四郎左衛門が館を拡張して住んだと伝えら..
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伊東家館跡伊東氏は、平安時代末期から鎌倉時代にかけて伊豆国田方郡伊東荘を本貫地としていた豪族で、藤原為憲の流れを汲む工藤氏の一支族。館跡は現在物見塚公園として整備され、伊東祐親像が建てられています。
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北条時房邸跡鎌倉の若宮大路から小池小路を少し入ったところに石塔が建てられてます。北条時房は、北条政子・北条義時の異母弟で、鎌倉幕府初代連署。また此処は元々は、摂津守小池民部太夫藤原久時の屋敷だった処だそうです。
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肥前鹿島鍋島藩屋敷跡肥前鹿島鍋島藩屋敷跡の石碑が新町通御池西南に建てられています。肥前鹿島鍋島藩は、肥前国佐賀郡にあった肥前佐賀藩の三家の支藩(小城・蓮池・鹿島)の一つで、2万石だったそうです。
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足利尊氏邸跡室町幕府初代将軍足利尊氏の「三条坊門第」のあったところ。尊氏はこの邸宅で政務をとり、延文3年(1358年)に、この地で薨じたとのことです。そして後に、この邸宅は「等持寺」という寺院に改められたそうです..
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藤堂藩邸跡京都市中京区東堀川通蛸薬師下る東側(堀川高校正門前)に碑があります。藤堂家は伊勢津の大名で、此処に藩邸があり、幕末には天誅組掃討に当たりましたが、元治元年(1864年)の禁門の変による火災でこの藩邸は..