記事「鹿児島」 の 検索結果 7993 件
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山本權兵衛~薩摩閥のエリートでリベラルな軍人山本權兵衛(やまもと ごんべえ/通称:ごんのひょうえ)は嘉永5年10月(1852)、薩摩右筆の山本五百助盛の六男に生まれる。若年ながら、薩摩藩士の子弟として薩英戦争(1863)及び戊辰戦争(1868..
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『寺島宗則(人物叢書)』(犬塚孝明:吉川弘文館)寺島宗則は天保3年(1832)、薩摩・出水郷の郷士、長野増右衛門の次男に生まれる。幼名徳太郎。7人兄弟の真ん中。父は望んで医術を習得したほどの人で、宗則自身も押さない時から理知的で忍耐力を持つ天..
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『龍馬を超えた男 小松帯刀』(原口 泉:PHP文庫)小松帯刀は幼名・肝付尚五郎といい、天保6年(1835)喜入領主・肝付兼善(5500石)の第三子に生まれる。 同年の生まれには、坂本龍馬,土方歳三,松平容保,有栖川宮熾仁親王,五代友厚,松方正義..
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『豪商伝~指宿の太平次』(南原幹雄:角川書店)明治維新を支えた幕末の豪商・第8代濱崎太平次は文化11年(1814)にヤマキの屋号を持つ浜崎家の長男に生まれる。 濱崎家家系図によれば、祖先は鹿児島神宮の神官で、およそ350年前に指宿十二町に..
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『調所広郷(人物叢書)』(芳 即正:吉川弘文館)調所広郷は近年その功績が評価されてきつつあるが、明治維新前後からずっと薩摩藩反動勢力の首魁のように扱われていたらしい。 誰が何故という疑問についての有力な説は、幕末維新に向かい藩論を推進しはじ..
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『森 有礼(人物叢書)』(大塚孝明:吉川弘文館)森有礼は弘化4年(1847)、薩摩藩士・森有恕の五男として生まれる。 学問に優れ、慶応元年(1865)薩摩藩の英国留学生のひとりに選ばれ、五代友厚,松木弘安らの引率で渡欧。留学中、トマス・レイ..
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『西郷菊次郎と台湾』(佐野幸夫:南日本新聞開発センター)西郷菊次郎は西郷隆盛と奄美の島妻・愛加那の長男として、文久元年(1861)1月に生まれる。 明治2年、9歳の時に鹿児島の正妻・いとのもとに引き取られ郷中教育を受ける。この時期、大久保利通の次男..
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大山 巖 ~ 西南戦争の辛い体験を克服した薩摩隼人天保13年 (1842年) 薩摩国鹿児島城下加治屋町生まれ 大正5年 (1916年) 12月10日 没 74歳 西郷隆盛の父の弟(彦八)が大山家の養子となり、その次男として生まれる。幼名 岩..
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東郷平八郎~神格化され、利用された虚像弘化4年12月22日(1848年1月27日) - 昭和9年(1934年)5月30日) 東郷平八郎は、薩摩藩士、大日本帝国海軍軍人。階級位階勲等功級爵位は元帥海軍大将・従一位・大勲位・功一級・侯爵..
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『士魂商才~五代友厚 』( 佐江 衆: 新人物往来社)天保6年(1835)生。 十二歳から造士館で学び、十四歳の時、父が斉彬公がドイツ製の世界地図の模写を命じられこの模写を才助に任せた。才助の名は、このとき斉彬公がその才能に感じ入って名づけたという。 ..
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篠原国幹 ~ 習志野の地名の由来会社を引けて川越駅に着き、駅前西口の歩道橋上に出た時、ちょうど8時になった。 西口駅前のビル(アトレマルヒロ)の入り口架かっている時計はからくり時計になっていて、ちょうど定時になると川越まつりのお..
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「西郷隆盛伝説」(佐高信/角川文庫)今日読了した「西郷隆盛伝説」(佐高信/角川文庫)の紹介。 著者の佐高信氏は辛口の経済評論でしか知らず、どんな西郷批判をしているのか気になって読み始めたが、案に相違して過去のさまざまな資料を通..