記事「黒澤明」 の 検索結果 1008 件
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『デルス・ウザーラ』(1975)さまざまなトラブルを乗り越えて放った起死回生の一撃。この作品『デルス・ウザーラ』はかつてはビデオ化されていて、つい10年前までは普通にレンタルビデオ屋さんで借りることが出来ました。しかしながら、レンタルビデオ屋さんの在庫がVHSビデオからDVDに切り..
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『生きる』(1952)黒澤映画というより日本映画の代表的な一本。年齢を重ねるごとにズシンと響く。最初にこの映画を見たのはたしか13歳の中学生のときでした。その後、レンタルビデオを借りてきて、二十代までの若い頃に何度も見た『生きる』は確かに良い映画でしたが、どこか共感できない部分がありました。 ..
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『影武者』(1980)流行語にもなった影武者。勝新降板、カンヌ映画祭グランプリなど話題になりました。黒澤明が生涯で監督した映画はデビュー作『姿三四郎』から遺作となった『まあだだよ』までで全三十作品あり、小学生の頃から黒澤映画ファンだったぼくは多くの作品をビデオで何度も繰り返し見てきました。 ..
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『乱』(1985)シェイクスピア四大悲劇のひとつ『リア王』を翻案した黒澤明、最後の時代劇。豪華絢爛!黒澤明監督の最後のモノクロ作品となった『赤ひげ』は武骨な立ち回りなどのいわゆる一般の方が黒澤映画に持つであろう男祭りの派手さはないものの、風景や人物の描写や構図でモノクロ映画の美しさの極致を堪能させ..
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『わが青春に悔なし』(1946)原節子の黒澤映画デビュー作品。強い女として描かれるのは初めてでは。昭和の名女優、原節子がその生涯で出演してきた映画に見る彼女はどれを見ても上品な女性という印象のものが多い。『新しい土』での清潔で初々しい彼女、日本映画最高の巨匠として知られる小津安二郎監督の傑作『東..
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『蜘蛛巣城』(1957)水墨画のような映像美。黒澤映画史上もっともドロドロとした作品でもある。半世紀以上も前になる1957年に製作された『蜘蛛巣城』は黒澤明監督の撮ったモノクロ映画の傑作のひとつである。1950年に国内では永田雅一社長に解りづらいと不評だった『羅生門』がヴェネチア映画祭に出品..
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『隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS』(2008)黒澤リメイク第二弾。うーむ…ここ数年、堰を切ったようにリメイク企画が進行しているのが黒澤明監督作品です。テレビドラマ化されたものには『生きる』『天国と地獄』、そして映画化されたものには『椿三十郎』とこの『隠し砦の三悪人』があり..
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『椿三十郎』(2007)黒澤映画最大のキャラクター、椿三十郎を復活させたのは吉か凶か?総合評価 74点 観に行ったのは12月6日、木曜日の初回上映時でした。いつもならば平日のこの時間だと僕の町の劇場では、客入りは半分以下が当たり前になっていて、座席指定はあるものの実際は「自由席..
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『銀嶺の果て』(1947)黒澤明脚本にして、三船敏郎の記念すべき銀幕デビュー作品。黒澤明監督の脚本『山小屋の三悪人』をもとにして製作され、公開時にタイトルを改めて『銀嶺の果て』として公開された谷口千吉監督、三船敏郎主演による隠れた名作です。この作品で銀幕デビューを飾った三船敏郎の..
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『隠し砦の三悪人』(1958)一作で燃え尽きた、上原美佐の一世一代の大仕事。『隠し砦の三悪人』は黒澤明監督の手がけた作品の中でも、映画ファンには根強い人気を誇る作品ですが、黒澤フリークの間ではそれほど評価の高い作品ではありません。なぜなのでしょう。個人的には好きな作品でして..
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黒澤明版シナリオ『暴走機関車』(1966)挫折した、男だけが登場する武骨な作品。とうとう映画化されることなく挫折してしまい、黒澤明監督のスランプ時代の幕開けとなってしまった忌まわしい企画、それがこの『暴走機関車』です。1985年になって、突然コンチャロフスキー監督によって、映画..
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『八月の狂詩曲』(1991)果たして、これは駄作なのだろうか?そんなことはない。日本映画界、最後の巨匠、黒澤明監督の1991年の公開作品にして、初上映された時に、欧米の記者達に散々叩かれた後に、日本公開されたためか、「右へならえ」とばかりに、国内でも相当叩かれてしまった不..