記事「エッセイ」 の 検索結果 38879 件
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薬師寺東院堂の聖観音 4そのような情勢の下、中大兄皇子は、蘇我の赤兄を飛鳥宮の留守長官に任じて、斉明天皇と和歌山のむろの温泉に行幸したのである。 中大兄皇子は、斉明天皇と和歌山のむろの温泉に行幸して宮廷を空にして隙..
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昼下がりこの子は、心から本が好きなのだと,つくづく感じさせられました。 あかねさんは、やっと歩き始めた豆のような小さな女の子です。 あかねさんの本に対する興味を大切に育ててもらいたいと思いまし..
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薬師寺東院堂の聖観音 3有間皇子の存在は、時の政権を握っていた中大兄皇子や中臣の鎌足にとって、政権に反対する群臣グループに有間の皇子を担ぎ出され、利用される虞が十分にあった。中大兄皇子には、過去の血なまぐさい歴史の..
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薬師寺東院堂の聖観音 2しかし、この聖観音立像に関心を抱いたのには、もう一つの理由があった。、このお像は、有間の皇子を模して造られたという言い伝えがあったからである。 有間の皇子とは、斉明天皇と皇太子の中大兄皇子..
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薬師寺東院堂の聖観音 1薬師寺東院堂の聖観音菩薩立像は、草原を疾駆する若いアフリカ人の強靭な肢体を思わせる。 健康的なお像は、胸を飾る瓔珞(ようらく)と腰から下の天衣(てんね)、華やかに腰からひざまで延びた瓔珞、..
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家族 13 別れ糸魚川駅には、いとこの健一さんの車に花伯母といとこの加津子さんと姪のかずえちゃんも同乗して見送りに来てくれた。 糸魚川駅へ向かう途中、仁伯父さん宅に寄って世話になった挨拶をした。仁叔父さん夫..
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家族 12 あんころ餅昭和37年12月に、末期がんだった父の病気見舞いと、間を置かないで営まれた葬儀に、伯父2人は、新潟と長崎県島原市の間を行き来してくれた。 私が和夫伯父の法事にやって来たのは、父の最期に駆けつけ..
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家族 11 ながい空白私は、祖母から父に姉がいることは聞いていたが、遠いクニ(町)に住んでいる会ったことのない伯母の存在には、親近感が湧かず、関心がなかった。 私は、父の親族、親戚とは全く関わりを持たずに成長した..
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家族 10 三人の姉父は、40年という長い年月を遠く離れて暮らしていて、姉たちと接する機会があったのだろうか。 伯母たちがどのような職業の人と結婚したか知らない。大正から昭和にかけての時代、女性が嫁いでしまうと..
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家族 9 しいちゃん花伯母は、法事が終わると 「今日はお父さんの法事に来てくれたのだから、(我が)家に泊まれ。」 と仁伯父から私を奪い取るように言った。私は、折角和夫伯父の法事に来たのだから、そのまま残って泊め..
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家族 8 記念写真父は、戸籍でみると6歳と11ヵ月の時(大正8年10月24日)に祖父の養子になっている。 父の兄弟は、当時一番上の姉が22歳、次姉が19歳、三姉が15歳、長兄が13歳そして今日法要をしている次..
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家族 7 身近なひとたち昭和45年11月29日、朝、仁伯父が起き上がる気配で私は目を覚ました。昨夜、町の視察団の出発を見送りに行くと伯父が言っていたのを思い出した。 仁伯父は、町会議員をしていた。曽祖父は、村の村長..