記事「ラーメン」 の 検索結果 66287 件
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漁港の町は人通りなく、「花咲く丘に涙して」ーー沖縄印象、とりあえずイタリア語の詞の意味がわかるはずもないが、旋律からすれば、乙女が悲しい恋を嘆く唄なのだろう。ウィルマ・ゴイクのカンツォーネに「花咲く丘に涙して」という曲があった。50年以上も昔のこと。 https:..
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秩父さくら旅 麺類しか喉を通らぬ第二日目日誌ーー盛りうどんとラーメン前の晩にすこし飲み過ぎてしまい、それでもフラフラと長瀞方面に向かったのは、ケチ根性からに違いない。「せっかく来たのだから」という。 正午過ぎ、秩父鉄道の野上駅『そば処 祭』で特にお..
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京都でボチボチ泣きごとばかり3ーー『新福菜館本店』、細モヤシのこと等々「きょうは朝ラーでいくか…」と駅の近く、宿から線路を越えてすぐの『新福菜館本店』に入ったのが朝の九時過ぎという大寝坊。気分が優れなかったのは、めずらしく前夜遅くに寝酒などしてしまったもので。 そ..
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京都でボチボチ泣きごとばかり1ーーきのうのラーメンは四条烏丸『萬福』はじめは日に10~30キロ歩く大会に参加するつもりでやって来た京都。足の具合が思うに任せず不参加とした。せっかく取った安宿と安旅費をフイにするのもシャクなので、遊びに切り替えたものの、それにしても情け..
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会津の喜多方3ーー蔵の雪、鶏の皮会津の旅は果てなく続く。若松で最後の晩に訪れた老夫婦で営む天麩羅屋『天一』でのことは、後日のブログに譲ろう、いつになるか知れないけれど。 翌日は再び喜多方へ。旅の初日に吹雪で散々な目に遭い、街並..
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会津の若松5ーー西栄町路地『来々軒』で聴く物語りお姑さんが店を開いたのは昭和二十年代。当初は繁華街の神明通りにあって、区画整理により多くの飲食店とともに今の場所に移転したのは平成に入ってから。酔客がシメのラーメンをもとめてやって来るので、暖簾をとり..
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閑話休題ーー暖か長閑な海辺の写真を一月下旬の札幌行きのことをグズグズしてまとめきれず、飲み屋二軒ぶん未消化のまま、会津バナシを始めてしまい、切りがない。 雪の話が続きすぎたので、口直しに房州の保田・白浜・館山の安らいだ海と空を。..
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会津の喜多方2ーー雪晴れ。またこの旅の目当て(のようなもの)一夜明ければ快晴。空がほんとうに蒼い。純白の雪、そして蔵の壁との対比に目が醒める思い。そして、湿り気をたっぷり含んだ大気は、乾燥嫌いの身には心地良い。しかし、いかんせん寒かった。この日の早朝四時には零..
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会津の喜多方1ーー初日はラーメン無し会津への旅、初日。郡山から猪苗代、会津に向けての気動車は、市街地を出るとまもなくちらつきはじめた雪が山地にかかって激しくなるにつれて、ある時は降りかたを見極めるために信号所で一時停止、また或る駅ではポ..
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おらがソバーー東神奈川駅上り線ホーム『日栄軒』もともと立ち食いソバを好む。外出したとき、立ち飲みでウーロンハイとイカ納豆などで景気をつけたあと、町の中華屋でふつうのラーメンにするか古い蕎麦屋や立ち食いソバ屋を探すかでいつも悩んでいる年金暮らしの身..
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大寒。日曜の晩、ひとり食堂で揚げ豆腐をほおばりながらーー魯迅を久しぶりに旧友と銀座のビアホールから蕎麦屋を巡る新年会のあと、別れて一人。ラーメンを食べようと新橋駅前にある華人の営む店で、ひとまず揚げ豆腐の辛味汁添え。上品で結構。 魯迅の短編『在酒楼上(酒楼にて)』の..
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秋の日、妻孝行の記ーー多治見にて去る十月某日、認知症の義母98歳を見舞うため、妻に伴って岐阜の多治見に。 その床に近寄ってみれば、この身を誰と思われてか、それまで細めていらしたまなこを開き、痩せ細った手を挙げて伸ばしてくださる..