記事「京都」 の 検索結果 58866 件
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世界遺産の東寺・・・国宝の金堂国宝の金堂は東寺一山の本堂である。 796年の創建になり、現在のお堂は片桐且元(かたぎりかつもと)を奉行として豊臣秀頼が1603年に再興したものである。 金堂の内部には、真ん中にこの寺の本尊の..
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世界遺産の東寺・・・国宝の講堂講堂は創建時にはなく弘法大師が造ったお堂である。 現在の国宝の講堂は1491年に再建された建物で、中央に非常に大きな大日如来が祀られている。 お堂の仏像全体で金剛界の立体曼荼羅となっている。 ..
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世界遺産の東寺・・・国宝の弘法大師御影堂国宝の御影堂の建物は伽藍の西北部にあって大師堂と呼ばれている。 弘法大師の住房であった場所であり、堂内には弘法大師の念持仏の不動明王と弘法大師像が祀られている。 お大師さん信仰の中心となるお堂..
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お大師さん、弘法さん、東寺さん・・・霊験ある尊勝陀羅尼の碑お大師さんは数々の奇跡を、信仰と念力で導かれている。 信仰する人々は、お大師さんに強大な神通力を求めている。 北野天満宮の宗像社傍にあった碑が1868年に神仏分離でここに移されている。 以来..
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都七福神巡り・・・東寺の毘沙門天東寺さんは都七福神巡りの一つでもある。 先ほどの万病にご利益多い亀さんや、病に効く撫石の天降石が並ぶ横に、毘沙門天のお堂が建つ。 御影堂へお参りすると、このお堂のほかに毘沙門天、弁財天、大黒天..
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修学院離宮の冬の午後・・・比叡山の麓の離宮修学院離宮は1659年にほぼ完成した、後水尾上皇が自らプランを練り造営された広大な山荘である。 修学院から比叡山に向う音羽川と雲母坂(きららざか)の北にあり、離宮に比叡の山が迫り、清水が流れ込む..
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修学院離宮の冬の午後・・・下離宮の御幸門修学院離宮の参観は、標高差40m近くある3つの離宮(御茶屋)を、約1時間15分かけて見学する。 総門から入って待合し、最初に向かうのがこの御幸門である。 杮葺の屋根と花菱紋の透か..
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修学院離宮の冬の午後・・・下離宮の寿月観下離宮は御幸門を入り中門をくぐると御輿寄があり、寿月観の前庭と遣水を見られる苑路を歩いて建物の前に来る。 紅葉の頃はさぞ美しいだろうと想像されるお庭である。 寿月観は杮葺の数寄屋..
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修学院離宮の冬の午後・・・下離宮の寿月観の庭寿月観の前庭と遣水を見る苑路が巡っている。 比叡山の麓の高低差を利用した遣水が曲水として配されて、上皇や女院が行幸された時の御座所としての眺めを偲ばせる。
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修学院離宮の冬の午後・・・中離宮への松並木中離宮と上離宮へは形良く刈り込まれた赤松と黒松の並木となっている。 松葉の柔らかいのが赤松で、硬いのが黒松である。樹皮の色でも区別できる。 常の手入れが行き届いていて、これだけの松を一本一本仕..
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修学院離宮の冬の午後・・・中離宮の楽只軒(らくしけん)と客殿中離宮は表門を持ち、1885年に林丘寺門跡から境内の半分と客殿、楽只軒が返還されて中離宮となっている。 お庭は元尼寺の風趣を残している。 楽只軒は林丘寺宮の御居間で、六室からなる古い建物となっ..
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修学院離宮の冬の午後・・・中離宮の客殿の杉戸の絵客殿の杉戸には祇園祭の鉾の絵が描かれている。 住吉具慶の絵と言われ、当時の祇園祭の様子を知る貴重な手がかりである。 また別の杉戸には網にかかる鯉の絵も描かれていて、網だけは円山応挙の筆らしい。..