記事「奥州街道」 の 検索結果 52 件
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奥州街道を歩く(その3:大田原宿~寄居宿)ようやく晴れた日曜日、今度は北へ足を向け奥州街道へ。 街道は丁度田植えの季節。水田の幾何学的な苗の整列が美しく、左手には那須連山、右手には八溝山の景色を楽しみなが進む。 ..
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奥州街道を歩く(その2:喜連川宿~大田原宿)今日は東へ明日は西へ。 春まだき、ということで放っておいた奥州街道へ、ようやく二度目の腰を上げる。 喜連川は明日から桜祭りだが、ご多分に漏れず寒さでまだつぼみ。 前回夕暮れで見..
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奥州街道を歩く(その1:宇都宮宿~喜連川宿)中原街道に続いての、年明け第二弾は奥州街道へ。 三厩までは少し置いておき、まずは宇都宮から官制の奥州街道の終着の白河までの85kmを目指す。 日光街道で勝手知ったる宇都宮で、名物の餃子を食..
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奥州街道千住宿界隈を歩く歴史散歩の集い 11月3日午前10時、南千住駅集合。小塚原回向院、「奥の細道」の千住大橋、小林一茶ゆかりの炎天寺、西新井大師など約8キロを歩く。 経路= 小塚原回向院→素戔鳴神社→..
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禁断の奥州街道(その26:三厩宿)三厩の街中を歩くと直ぐに、厩石公園になる。 ここは義経伝説があり、義経寺や厩石にその伝説が残る。 三厩の地名自体も、義経が蝦夷に渡るときに天候回復を祈念すると三匹の竜馬が現われ、それがつながれ..
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禁断の奥州街道(その25:蟹田宿~三厩宿)津軽半島の奥州街道は、蟹田から今別までは鉄道と街道は全く離れるので、その間を一気に歩かねばならない。 「風のまち」の案内板を横目に、風のように足早に歩き出す。 蟹田町もご多分に漏れず、町村統合..
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禁断の奥州街道(その24:青森宿~蟹田宿)一冬越えて懐かしい青森駅から、松前街道とも言われる奥州街道最後の行程に足を踏み出す。 直ぐにルネッサンス様式の森林博物館。旧青森営林局庁舎。 青森市は空襲で焼き尽くされ古い建物は殆ど残っていな..
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よく覚えておいてください郵政民営化についての麻生総理の発言について物議を醸しています。 まぁ、この人は変わらないと言っていますけど、政治家なわけですからわかりにくいことを言ってはいけませんよね。 何にも変わっていないと開..
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禁断の奥州街道(その23:小湊宿~青森宿)一転北上して、八戸に宿を取り翌日小湊宿から青森宿を目指す。 数日前の寒波で雪が降り、足元にやや不安有り。 小湊駅は朝日に輝くが、空は曇天。 小湊宿を抜けると国道歩きとなり、気温は1度、足元に..
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禁断の奥州街道(その22:築館宿~一関宿)陽も昇りきらぬ朝まだき、今日もまたやや道に不安のある山越えを控え、築館宿で昔の魚市場の建物を見て早々に歩きだす。 魚市場は面白そうな建物で少し前まで使われていた気配だが、今は閉鎖されており、中を見る..
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禁断の奥州街道(その21:古川宿~築館宿)師走の晴れ間に、虫食い状態だった古川宿から一関宿を繋ぎ、ついでに一転北上して、小湊から青森宿まで。 古川宿の次の荒谷宿は、千葉周作に所縁のある斗瑩稲荷神社があるが、通り過ぎる。 ..
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志賀潔街道:奥州街道 場所:仙台北山の輪王寺 志賀潔:明治3年(1870)~ 昭和32年(1957) 細菌学者。赤痢菌の発見者として知られる。 著名な学者だが、晩年は赤貧にあえぎ..