記事「奥州街道」 の 検索結果 52 件
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禁断の奥州街道(その19:長町宿~吉岡宿)長町宿から仙台宿へ入り、伊達家の廟の瑞鳳殿へ立ち寄る。 戦災で消失し再建されているものだが、十分に往時の華麗さを偲ばせる。 伊達家三代の華麗な廟に比して、若くして亡くなった公子公女の墓群が哀れ..
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禁断の奥州街道(その18:槻木宿~長町宿)小湊宿から一転南へ戻り、槻木宿から一関宿までの間を繋ぐ旅を再開。 槻木宿では逢隈旅館が昔の風情を残している。 逢隈は阿武隈の異称で、日本第6位の大河、阿武隈川は槻木宿の直ぐ傍を流れ..
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芭蕉の心に触れてみよ〈その三〉元禄2年3月27日(1689/05/16)、奥州街道と日光街道の最初の宿場町である千住を出て同日、草加に着いた。さらに歩を進め、千住から27㎞の距離にある春日部に泊まった。 元禄2年3月29日(16..
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禁断の奥州街道(その17:七戸宿~小湊宿)七戸を出ると2010年に開通すると言う、建設中の新幹線七戸駅が見える。 町からはかなり離れているので、七戸町への直接的な経済効果は疑問があるが、十和田湖へのアクセスは良くなりそうだ。 ..
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禁断の奥州街道(その16:五戸宿~七戸宿)五戸では天明の飢饉の時の、飢餓救済事業として行われたという江渡家住宅を見学。 まだ現役で使われている。 酒田市の本間美術館本館も冬季の失業対策として行われたというから、陸奥で昔からの公共事業の原型..
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禁断の奥州街道(その15:三戸宿~五戸宿)三戸から野辺地までは、鉄道ルートを離れるので一気に駆け抜ける必要があり、中山道の大井から御嵩を遥かに凌ぐ不便さだ。 三戸で南部利康霊屋を訪ねるが、鞘堂となっていて内部の見学は諦める。 ..
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禁断の奥州街道(その14:福岡宿~三戸宿)三日目は雨となり、斗米駅を降りる足取りもやや重い。 旧道はまだしも、国道で疾走する大型トラックのしぶきを浴びながら歩くのは気が滅入る。 名前が気にかかる金田一宿は雨の中、人っ子一人通らず見所も..
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禁断の奥州街道(その13:沼宮内宿~福岡宿)昨日とは打って変わって、20度も下がって気温は13度。 一日肌寒い中を歩く日だった。 一戸宿へ向かう途中は山道となり、自生しているルピナスが不思議。 火行地区は明治天皇巡幸の..
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禁断の奥州街道(その12:渋民宿~沼宮内宿)梅雨の雨空を避けて、東北に好摩からの奥州街道の続きに。 涼しい筈が31度の国道歩きは予想外。 街道沿いの巻掘神社は金精大明神を奉っていることで有名で、境内にも巨大な女陰石と男根石が..
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禁断の奥州街道(その11:白石宿~槻木宿)昨年の早い冬ですっかり御無沙汰していた奥州街道を、久しぶりに歩き継ぐ。 丁度この日は啓蟄で、閑をかこっていた足も眼を覚ます。 白石宿、宮宿、金ヶ瀬宿、大河原宿、船迫宿、槻木宿の6宿を折からの蔵..
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禁断の奥州街道(その10:福島宿~白石宿)この日も快晴。 瀬上宿、桑折宿、藤田宿、貝田宿、越河宿、斎川宿と歩き継いで白石宿へ。 福島宿から少し街道を外れると、歌枕で有名な信夫山、信夫文知摺石があるが、又の機会として、足を進める。 ..
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禁断の奥州街道(その9:二本松宿~福島宿)この間は二本柳宿、八丁目宿、若宮宿、清水町宿とあるが、さしたる見所はなく、ずっと安達太良山が見どころか。 この日は快晴で、別名乳首山の別称がある訳も納得でき、昔登ったことを思い出す。 全体が寝..