記事「寺院」 の 検索結果 3482 件
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遍照寺(へんしょうじ)・由緒あるお寺だけど、ちょっと寂しい佇まいだった。モノレールで首里に向かう途中、左手高台に緑に囲まれて朱塗りの神社が見えてくる。末吉宮と云うが、その昔、15世紀中ごろに建立されたと伝わっている。別当寺として万寿寺が併設されていたが、今は無い。組踊「..
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神宮寺(じんぐうじ)・久方ぶりに般若心経を唱える。神宮寺は普天満宮の西隣にあり、普天満宮の付属寺院として建立された歴史がある。山号は普天満山で宗派は真言宗である。神宮寺のホームページには「1459年に第一尚氏尚泰久の命により、神仏習合の寺院として、..
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蓮華院(れんげいん)・彩色豊かな建物で、沖縄ならではの寺院である。蓮華院は糸満ロータリーに近い。幸地腹・赤比儀腹両門中墓とは県道77号線を隔てた反対側で、間道を少し入ったところにある。山号は妙宝山といい、宗派は臨済宗である。山門の柱や軒は紫色に近い青色で塗られ、屋..
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奥武島観音堂(おうじまかんのんどう)・その昔、奥武島は風葬の島だった。奥武島 (おうじま)は南城市の南端にあって、今では150mばかりの橋でつながっているが、もとは離れ小島である。沖縄には奥武(おう)の名のつく小島が幾つかあって、沖縄へ移住して以来気になっていた地名で..
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西来院(さいらいいん)・「なぜだるま」の地肌が鈍く光っていた。臨済宗妙心寺派の寺院。山号が達磨峰なので、達磨寺と愛称されているそうだ。丁字路にあった案内標識は、達磨寺となっていた。山門の横には「達磨峰西来院」と彫られた石柱と、「首里十二ヶ所結願寺・達磨寺」の石..
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首里観音堂(しゅりかんのんどう)・観音竹の名称の由来地になった寺院だそうだ。頑強に建てられたコンクリートの門があって、その上に明るい色調の山門が建てられている。どこか、守礼門の容に似ているようだ。門前に「萬歳嶺・慈眼院」と彫られた石柱が建っている。正式な寺号は慈眼院である。山..
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安国寺(あんこくじ)・ユニークな山門に驚いた。第2尚家の陵墓、玉陵(たまうどん)の近くにある。首里高校の向かい側だ。まずは、ユニークな山門に驚くことになる。石を積み重ねた二階建ての鐘楼門で、屋根は赤瓦で葺かれているが、支える四本の柱には龍の彫り物..
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万松院(ばんしょういん)・壮麗なお寺です。でも、やたらと掲示物があるのです。モノレールの首里駅から少し戻り、龍潭池通りに入って首里図書館の手前、小路を左折すると左側にある。煌びやかと云うか、豪華と云うか、綺麗だと云うか、壮麗なお寺である。これまで訪れた寺院は、どこか素朴で質..
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弁財天堂(べんざいてんどう)・長崎の眼鏡橋より古い石造アーチ橋、天女橋がある。円覚寺跡と通りを挟んだ向かい側に円鑑池がある。琉球石灰岩を用いた珍しいアーチ橋があって、弁財天堂のある小さな島に渡る。 弁財天堂は尚徳王時代(1461~1469年)に、朝鮮国王から贈られた..
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円覚寺跡(えんかくじあと)・いつになったら復元できるのかなぁ~。弘治7年(中国明代の元号・1494年)、尚円王を祀るために、その子尚真王が創建したものである。琉球第二尚氏の菩提寺であり、琉球随一の名刹であった。総門の前に掘られた円鑑池では、中国からの冊封使を招き..
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盛光寺(せいこうじ)首里、儀保十字路の裏手にある。モノレール儀保駅の階段を下りて坂上に向かって少し進むと左に入る通りがあって、入り口に看板があるので直に分かる。徒歩1分。臨済宗のお寺で、御本尊は大日如来。来歴はよく分から..
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袋中寺(たいちゅうじ)そもそも、この袋中寺という変わった名前だが、江戸時代前期の浄土宗の学僧、袋中上人(1552~1639年)の名前から来ていると云う。那覇市松山町の松山公園に「袋中上人行化碑」が建てられていることが分った..