記事「東京」 の 検索結果 67036 件
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不忍弁天堂東京上野の不忍池の中にある弁天堂で寛永寺の堂宇の一つ。 天海僧正が寛永寺を創建した時に不忍池を琵琶湖に見立て、弁天島を 竹生島に見立て、そこに弁才天を祀ったのが始まりと云うことです。
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黒門跡(壁泉)上野公園の南側の入り口の階段脇に「壁泉」があります。 かつてこの付近は上野戦争の激戦地として知られている「黒門」があった処で、この「壁泉」は、その「黒門」をモチーフにデザインされたものだそうです。
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清水観音堂寛永8年(1631年)に天海大僧正により建立された京都東山の 清水寺を模した舞台造りのお堂。御本尊も清水寺より恵心僧都作の 千手観音像を迎えし、秘仏としてお祀りしているそうです。
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小松宮彰仁親王像小松宮彰仁親王は日本の皇族、陸軍軍人。戊辰戦争では奥羽征討総督として官軍の指揮を執り、また佐賀の乱においては征討総督として、さらに西南戦争にも旅団長として出征し乱の鎮定に当たりました。
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上野恩賜公園江戸時代には徳川家の菩提寺である東叡山寛永寺のあった処ですが、 上野戦争で焼け野原になり、その後の明治6年(1873年)に日本初の公園になりました。 現在は、博物館、美術館、動物館などがあり、また、桜..
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西郷隆盛像上野公園にある「上野の西郷さん」として有名な像。 西郷隆盛が山に入って兎刈りをしている様子を像にしたものだそうで、 西南戦争が終わってから21年後の明治31年(1898年)に建てられました。
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博士王仁碑上野公園の清水観音堂の裏手にある王仁博士を記念した石碑。 王仁博士とは朝鮮の百済から論語十巻千字文一巻と共にやってきて、 日本に漢字、儒教を伝えたとされ、記紀等にも記述されている偉人とのことです。
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天海僧正髪塚天海僧正は江戸時代初期に徳川家康の側近として活躍した天台宗の僧。家光の代に江戸城の鬼門にあたる忍岡に寛永寺を創建したのも天海僧正。天海僧正は実は明智光秀であったという興味深い異説もあります。
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北町奉行所跡東京駅の近く、丸の内トラストタワー脇の植え込みの中に説明版があります。「いれずみ奉行」として名高い遠山左衛門尉景元(遠山金四郎)は天保11年 (1840年)3月から3年の間、北町奉行の職にありました。..
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江戸城 大手門元和6年(1620年)に、伊達正宗等の外様大名の普請で完成したと伝わる旧江戸城の正門で、江戸時代には、この門から300諸侯が登城したそうです。 現在は、皇居東御苑の出入り口として一般に公開されています..
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富士見櫓明暦3年(1657年)の大火で江戸城の天守閣が焼失した後、天守閣の代用とされていたのが、この三重構造の富士見櫓。万治2年 (1659年)に再建されたもので、江戸城本丸の貴重な遺構です。
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巽櫓(桜田二重櫓)江戸城の本丸から見て東南(辰巳)の濠(桔梗濠)の角にあることから 巽櫓と名付けられたそうで、桜田二重櫓とも呼ばれています。富士見櫓・ 伏見櫓とともに、現在の江戸城に残る3つの櫓の中の一つです。