記事「東京」 の 検索結果 67036 件
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弁慶鏡ヶ井戸源義経とその従者が奥州へ向かう途中に弁慶が見つけ、一行の喉を潤し たと伝えられている井戸で、「江戸志」など江戸時代の史料にも名水として記録があるそうです。また、 昭和20年(1945年)の東京大空襲な..
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三四郎池正式名称を「育徳園心字池」という東京大学本郷キャンパス内にある池。 この地は元は加賀前田家の庭園だったところで、江戸諸侯邸の庭園中第一と称せられたそうです。 夏目漱石の小説「三四郎」以来、三四郎池の名..
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御守殿門(赤門)御守殿は江戸時代、三位以上の大名に嫁いだ徳川将軍家の娘の敬称で、 御守殿の門を丹塗りにしたところから俗に赤門と呼ばれています。現在の本郷の 東京大学の赤門は、かつての加賀藩前田家上屋敷の御守殿門でした..
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江戸城天守台江戸城天守(寛永の天守)は、明暦3年(1657年)の火災で焼け落ち、翌年に 加賀前田家の普請により高さ18mの花崗岩でできた天守台が築かれました。 これが現在残る天守台ですが、天守閣は再建されることは..
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元枢密院庁舎枢密院は枢密顧問により組織された天皇の諮問機関。庁舎は大正10年 (1921年)の完成で、現在の国会議事堂のモデルになった建物と言われて います。現在は皇宮警察本部庁舎となっています。
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桔梗門脇の石垣桔梗門の内側にある石垣で、石を持ってきた大名の印が刻んであります。 多くの石は伊豆半島の安岩石が多いと言われていますが、遠くは四国、 九州からの石も諸大名から献上されているとのことです。
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桔梗門江戸城の門の一つで、この門の瓦に太田道灌の家紋である桔梗がついてい たことから「桔梗門」と呼ばれていて、「内桜田門」の別名もあります。現在は皇居参観者などの出入りする門とし て利用されています。
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お鷹の松神宮外苑の聖徳記念絵画館の傍にある松で、徳川家光の鷹狩の休息中に、 江戸城から飛び去っていた愛鷹が飛んで来て、松の枝に止ったので、 家光は大へん喜び、後世の人々が、その松を「お鷹の松」と呼んだそうです..
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千駄ヶ谷邸跡江戸城を明け渡した徳川家が明治10年(1877年)に移り住んだ地。当時は約10万坪の敷地があったそうで、天璋院篤姫もここで暮らし、その生涯を閉じた処です。現在は東京体育館となっています。
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浜口首相遭難現場濱口雄幸は第27代内閣総理大臣。昭和5年(1930年)11月14日、濱口は 東京駅の第4ホームを移動中、愛国社社員の佐郷屋留雄に至近距離から銃 撃され、その時の傷がもとで翌年の8月26日に死去しました..
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原首相遭難現場原敬は大正7年(1918年)に就任した第19代内閣総理大臣。大正10年 (1921年)11月4日、東京駅丸の内南口コンコースにて、大塚駅の駅員であった右翼青年・中岡艮一に襲撃され殺害されました。満65..
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渋沢栄一像(常盤橋公園)日本銀行のすぐ近く、東京都千代田の常盤橋公園内にある渋沢栄一の像。渋沢栄一は、第一国立銀行や東京証券取引所等の多種多様な企業の設立・経営に関わり、「日本資本主義の父」とも云われています。