記事「東京」 の 検索結果 67036 件
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京橋大根河岸青物市場跡寛文4年(1664年)に京橋の北詰西側に野菜の売り場が設けられ、 大根の入荷が多かったため「京橋大根河岸市場」と呼ばれたそうです。 昭和10年(1935年)、築地の東京卸売市場と合併し移転しました。
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煉瓦とガス灯文明開化時の銀座には煉瓦建築が建ち並び、街路にはガス燈が並びました。 床の煉瓦は、最近発掘されたものを当時の ままの「フランス積み」で再現。 ガス燈の燈柱は 明治7年(1875年)の実物を使用、燈具は..
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京橋の碑「京橋」はかつて存在した橋で、現在は付近の地名として残されています。 京橋は日本橋と並ぶ名橋で、日本橋より東海道にて京都方向に向かう場合、 街道で最初に渡る橋として重要な意味合いをもっていたそうです。..
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漱石名作の舞台の碑東京の日本橋から程近いコレド日本橋ANNEX広場の傍にある石碑。 夏目漱石の作品はしばしば日本橋が舞台となっていて、近くの寄席や料理屋も描かれていることから、碑が建てられたとのことです。
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名水白木屋の井戸日本橋の南側にあった白木屋の2代目彦太郎は正徳元年(1711年)、 周辺の水の悩みを解消するため店内に井戸を掘りました。難工事の中、 一体の観音像が出たのを機に、こんこんと清水が湧き出したそうです。
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日本橋魚市場発祥の地徳川家康の関東入国と共に江戸の街の整備が始まり、その一環として 摂津(大坂)の漁民が佃島へ移り住んで幕府へ魚を納めていたそうです。 余った魚が街中でも売られるようになり、日本橋魚市場が始ったとのことで..
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日本橋慶長8年3月3日(1603年4月14日) 、徳川家康の全国道路網整備計画 に基づき、初代の橋(木造)が架けられ、翌年に五街道の基点となりました。 現在でも日本の道路元標があり、日本の道路網の始点となっ..
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芭蕉句碑(日本橋)松尾芭蕉の江戸住まいの最初の地が、小田原町(現日本橋室町)と言われ、 「 発句也 松尾桃青 宿の春 」 の句碑が、中央区日本橋室町一丁目、老舗の佃煮屋の店先に建っています。
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西河岸橋東京都中央区の日本橋川に架かる橋で、日本橋から一石橋までの日本橋川 右岸地域が西河岸町という地名であったことからの命名とのことです。 このあたりは、江戸時代より商業・経済の中心地として栄えていたそうで..
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一石橋東京都中央区にある旧江戸城外濠と日本橋川の分岐点に架橋された橋。 橋の南北にあった二つの後藤家が橋の再建に大きく貢献したために、後藤の読みから、「五斗+五斗で一石」の洒落で、一石橋となったと伝わってい..
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満よひ子の志るべ日本橋川に架かる橋一石橋付近は、江戸時代から明治期にかけて大変に賑わい迷い子が多く出たために、地元西河岸町の人々によって 安政4年(1857年)2月に「満よひ子の志るべ」が南詰に建てられました。
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櫛淵虚沖軒の碑櫛渕彌兵衛宣根は群馬県利根郡出身の幕末の剣豪で、櫛淵虚沖軒は号。 天明5年(1786年)に神道一心流を創設し、一橋家の剣術師範役も務めたとのことです。 上野の不忍池の弁天島には顕彰碑が建てられています..