記事「歴史」 の 検索結果 41129 件
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初代兵庫県庁舎 復元なるか!?以下神戸新聞記事より転載 神戸市兵庫区にあった兵庫県の初代県庁舎の復元に向け、県は二〇〇六年度、有識者や地元住民らによる「復元構想検討委員会(仮称)」を発足させる。庁舎は、江戸時代に奉行所の支..
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清盛塚2月18日土曜日に、JR新長田駅をスタートして、JR神戸駅まで向かう 長田-兵庫津ウォークをしました。 道中 新たな発見がいろいろとあったのですが、今回 最たるものの一つに以下に説明する清盛塚で見た自..
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阪急電車と神戸市電との出会い製作時間3時間程度ですが、阪急三宮駅のペン画を描きました。 自分自身が生まれる前に 神戸市電は廃止されていましたので、市電の思い出はありません。 が、憧れはありました。 正面にデンと構える神戸阪..
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JR山陽本線で見たもの2006年2月11日(土) かねてより 気になっていたJR山陽本線の明石川に架かる橋梁を見に行ってみた。 昨年末頃から電車通勤に切り替えたので、毎日 山陽電鉄で通勤しているのですが、山陽明石駅を..
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神戸製鋼発祥の地碑今年の1月3日に、三ノ宮駅から灘駅まで JRの高架線ウォークをした際に、神鋼病院の所に神戸製鋼発祥の地碑がありました。 今の神鋼病院 奇麗ですよね~! 子供の頃、小児喘息だった僕は板宿で..
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神戸市内、省線と市電の高架切り替え神戸市交通局八十年史より 市内を東西に貫く国有鉄道がまだ路面を走っていた昭和4年まで、市電の路線は国有鉄道と交差する瀧道、相生橋、湊川、御幸の4ヶ所で跨線橋を設け、その上を通過していたようです。..
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神戸の電灯事業 その2神戸電燈の開業当時 神戸市の人口は11万6千人。 戸数2万8511戸でした。 こういった人口・戸数の中で、開業直後の明治21年12月の点灯数は642灯。 当初 あまりの電灯料金の高さに、普及が進まなか..
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神戸の電灯事業神戸市交通局八十年史より 日本での本格的な電気事業の第一号は、明治20年11月に送電を開始した東京電燈会社だそうです。 この東京電燈会社は、アメリカで世界最初の電気供給が始った明治15年の..
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長田の絵図今、ボチボチと明治22年という設定で長田区南部の絵図を描いています。 この頃の長田は、駒ヶ林の漁村。 かなり大きな集落でした。 他に西尻池村、野田村等の集落が点在し、それ以外の土地は、耕地で 溜..
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阪神淡路大震災より11年2006年 1月17日(火) 一年365日の中で、一番大切な日は?と聞かれたら、迷わず1月17日と答えます。 自分自身の30年という人生経験の中であれほどの衝撃的な出来事は他にありませんでした。 ..
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神戸西部耕地整理組合神戸市史より 市街地開発の必要性 神戸市は港機能の発達や臨海部における工場進出などにともなって、その為の幹線産業道路の整備を進めていったようです。 また、大正9年 京阪神急行電鉄神戸線、今津..
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ポートアイランド建設への経緯②「ポートアイランド建設への経緯①」について 昭和39年5月 神戸新聞朝刊に ポートアイランド構想のスクープ記事が一面トップで花々しく報じました。 記事では、原口市長が「これまでの第二、第三防波堤の..