記事「歴史」 の 検索結果 41064 件
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1056 竹崎鼻=長崎市香焼町(長崎県)横島のみたうたかたの夢は島ととともに波間に消え岩だけが残ることに戦前の資料などによれば、香焼の誇るものとして造船と炭鉱をあげ、これが村の宝でありその隆盛によっておおいに発展した云々といった書き方をしている。造船は今も続いているが、当然ながら炭鉱はとうに閉山になっ..
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1055 梅ノ木鼻=長崎市香焼町(長崎県)戦時中から埋立で二つの島が一つになり造船所ができてバンバン船を造ってきた香焼(こうやぎ)地区は、大きくは香焼島と蔭ノ尾島の二つの島からなり、1898(明治31)年に深堀村から分かれて香焼村となった。深堀とつながって陸続きとなるのは1971(昭和46)年だが、そのずっと前..
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1053 呼崎=長崎市深堀町6丁目(長崎県)千葉の深堀にいた鎌倉御家人の三浦さんがはるばる長崎彼杵荘の地頭に赴任して…昔、学校で教わった日本史の重要なできごとのなかでも、現在に至るまでなおも生き続け尾を引いている最もこの国の根幹をつくったものといえば、それが「守護地頭の配備」ではないかと、でんでんむしは思っている。..
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1050 インゲリ鼻=長崎市高浜町(長崎県)県指定天然記念物の岩の海岸中央にある岬からは軍艦島まで4キロ長崎の岬めぐりに入ってからというもの、行く先々で大村藩だの、佐賀藩だの天領だのと、その昔の行政支配区分を気にしてきたが、どうもこの辺りのそれは複雑に入り組んでいて、茂木村は御料所(長崎奉行支配の天領..
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1046 脇岬=長崎市脇岬町(長崎県)そういう名の岬は実はないのだがこの絵師のことは記録と記憶にとどめておきたい「岬」という字そのものが町の名前につく例は、全国に20いくつくらいはあるだろうが、「脇」というある種の形容で示されているのはめずらしいのではないか。 つまり、なにか別にメインとなるものがあって、その..
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番外:東長崎=矢上は長崎街道の宿場(長崎県)なんとなくもやっとしていたこのあたりを鳥瞰してみると…Macintoshの新OSであるOS X Mavericksのマップについては、「1035 崎野ノ鼻」の項 では、ボロカスに書いていたのだけど、これには3Dボタンがついていて、これを使えば、ただ真上..
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1040 切宮岬=長崎市牧島町(長崎県)長崎街道が通る矢上まではきたがこのほか牧島にもうひとつある岬までは…このバスがどこを通ってどこへ行くのかが、あらかじめ確かめられなかったので、地図を見ながらおおよその見当をつける。 切通というバス停の名前に反応して、降車ボタンを押していた。そこがいちばん海岸に近い。..
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1039 枇杷崎=長崎市飯香浦町(長崎県)往来も困難だった長崎半島の東海岸ではビワが多く取れるからビワザキもある枇杷崎というからには、ビワがたくさん植わっているのだろう。そういうごく当たり前の想像が、ちゃんと当たっていたりすると、かえって拍子抜けしてしまう。なんかこう、もうちょっとヒネリはないんかいね…とその..
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1037 神崎=西彼杵郡時津町西時津郷(長崎県)ここが日本二十六聖人らの上陸をも見守った岬であればなにかいわれでも…長崎空港から乗った連絡船が、時津港に着くと、その桟橋の真正面に小高い丘が工場の間に浮かび上がってくる。この先っちょに神崎という名が付いている。そこはまだ西時津郷だが、すぐにある小さな掘割の南は浜田郷..
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1034 堂崎ノ鼻・馬込ノ鼻・橋詰ノ鼻=西彼杵郡長与町岡郷・斉藤郷(長崎県)歴史の波風も受けずにこれたのも地理的な条件故か道路や鉄道のルートからこの地域に迫ってみたのに続いて、今度はその支配体制について振り返ってみる。そこで改めて認識を新たにしたのは、大村藩の領地の範囲とその存続の仕方についてである。 まずその範囲。旧..
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1033 小崎鼻・二見瀬鼻=諫早市多良見町佐瀬(長崎県)“たらみの「み」はミカンのミ”で多良見の岬もここまで「たらみ」という名は、ミカンより先にフルーツゼリーか何かで知っていたと前に書いたが、その会社の名がここ「多良見」からきているとは知らなかった。 この会社、この付近にもファームなどをもっていて、経営の..
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1032 黒崎鼻=諫早市多良見町舟津(長崎県)鹿島と竹島をともなって飛び出た岬もとにかくどこまでもミカン山黒崎鼻のあるところは、伊木力川が流れる湾の北側に飛び出ていて、つい250メートルも先に、鹿島と竹島という島を従えているのか、従っているのか、相互の力関係、上下間関係は不明ながら続いている。このうち鹿..