記事「歴史」 の 検索結果 41064 件
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番外:名護市=(沖縄県)ゆがふ・21世紀の森・ゆるキャラ名護親方・六諭・ウコン・徳球も生まれたあけみおのまち名護市には、結局4泊したのだが、宿泊したのは「ホテルゆがふいんおきなわ」だけで、名護バスターミナルに近いここを拠点にして、沖縄本島北部を回ろうと考えた計画だった。 北部のそれぞれの地で宿泊場所を探す..
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番外:今帰仁城跡=国頭郡今帰仁村(沖縄県)優美な曲線と曲面が印象的な石垣を眺めグスク時代の歴史を偲ぶ琉球王朝の成立以前には、沖縄を北・中・南の三地域に分けて、それぞれに王をいただく三山時代があった。3つの勢力図がほぼ確定した1314年から、1429年の三山統一までがその時期で、鎌倉幕府の末期から室..
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番外:与論島・伊平屋島・伊是名島=与論町・伊平屋村・伊是名村(鹿児島県・沖縄県)沖縄県と鹿児島県の県境はどこですか?どうも、写真はメモ代わりという程度にしか考えていないせいもあって、もともといい写真を撮ろうとか、撮りたいとかいう気持ちもないのだが、与論島の写真を遠望でもいいから入れようとしたら…。あらら、なんとも..
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1169 熊ヶ崎・伝作鼻・浪板崎=下閉伊郡山田町(岩手県)カキやホタテの養殖筏とブイも復活して浮かぶ山田湾にはオランダ島山田湾の湾口である明神崎の付近ではその幅は500メートルと狭く、その内側は広く大きく湾が広がっている。このため外海からの暴風や津波による波の影響は減殺されて、これまで大きな被害は出していなかった。岩..
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番外:大江本家と留辺蘂=北見市留辺蘂町温根湯温泉(北海道)多くの人にはめったに縁がないかも知れないこの地域の紹介北海道は広い。岬めぐりでは、あと日本海側の一部と島嶼部を残すところまではなんとかこぎつけたわけだが、内陸部はほとんどと言っていいくらい知らない。道東・オホーツクと札幌や旭川を結ぶのは、鉄道では南の根..
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1123 塩屋崎=佐渡市豊田(新潟県)いにしへおもへばむねせまりくる今年の夏はまたやたらめったら暑い…塩屋崎は食パンの耳の上のほうにあたるが、ここはもう名前だけで岬としての姿はどこにも留めていない。 地図で見ると、港の護岸と堤防が伸びている付け根で、あたり一帯が広く埋め立てでできた造成地のようである..
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番外:宿根木=佐渡市宿根木(新潟県)吉永小百合さんも行った千石船の里の風情と行けなかった新谷岬…小木港の弁天崎から次の岬は、2.6キロ西へ行った宿根木(しゅくねぎ)の新谷岬である。ところが、とんだチョンボがあって、新谷岬そのものの写真がない。いや、写真がないだけでなく、その現地を正確に見ていな..
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1112 出崎=佐渡市羽茂大石(新潟県)一時期佐渡の中心的地域であった羽茂も金山の発見以降は通り道になって…出崎も前項の大迫鼻と似たような、岩礁の飛び出しである。岬というには大迫鼻よりも地形的に切迫した感じもないが、遠目にも目立つ大木が、道路に上にかぶさるように立っている。 海岸に飛び出した岩場は、大きく..
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1111 大迫崎=佐渡市羽茂三瀬(新潟県)相川で金山が発見される前には羽茂の付近が佐渡の中心だったのではないか野崎鼻を過ぎると、大迫、杉浜、中浜と集落は途切れることなく続き、小木まではかなり開けた街になるので、崖と道路と海の海岸は終わる。 大迫鼻は野崎鼻の西1キロとちょっとのところにあるが、まるで目立たない..
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1058 神崎鼻=長崎市木鉢町1丁目(長崎県)男神クンはまあここにいるとして女神サンはいずこにおわしますや長崎本線の終始点である長崎駅に近い浦上川の河口から、南南西方向に4キロ弱、細長く続く長崎港の港口西にあるのが神崎鼻である。神崎は人名にも地名にも多い名で、とくに岬では同じ長崎県ながら佐世保市の神崎鼻..
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1057 堂ヶ崎=長崎市深堀町2丁目(長崎県)長崎湾こそが日本の造船重工業の発祥の地なのだった長崎の深堀の名は、この地の地頭であった深堀氏の名からついた地名である。その深堀氏は、もともと現在の千葉県いすみ市にある深堀を地盤としていて、そこから自分も深堀と名乗るようになった。その深堀氏は、もと..
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1056 竹崎鼻=長崎市香焼町(長崎県)横島のみたうたかたの夢は島ととともに波間に消え岩だけが残ることに戦前の資料などによれば、香焼の誇るものとして造船と炭鉱をあげ、これが村の宝でありその隆盛によっておおいに発展した云々といった書き方をしている。造船は今も続いているが、当然ながら炭鉱はとうに閉山になっ..