記事「滋賀」 の 検索結果 6001 件
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埋木舎彦根城佐和口御門近くにある質素な屋敷で、 井伊家の14男として生まれた 井伊直弼が彦根藩主となるまでの不遇の15年を過ごした屋敷として有名。 自らを花の咲かない埋木と同じとして、居宅を「埋木舎」と名づ..
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遠城謙道師之碑遠城謙道は桜田門外の変での大老井伊直弼公の横死後に仏門に入り、 江戸における井伊家の菩提寺である豪徳寺に移り住みました。 そこで、終生井伊直弼の墓守をして、掃墓、読経で霊を慰めること実に37年に及んだ..
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井伊直弼像(彦根)井伊直弼は近江彦根藩の第15代藩主。幕末に江戸幕府の大老を務め、 勅許を得ず日米修好通商条約に調印し日本の開国近代化を断行しました。 強権をもって反対勢力を粛清したためにその反動を受け、桜田門外で暗殺..
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宗安寺彦根城から程近く、夢京橋キャッスルロードに面してある浄土宗のお寺。 初代藩主井伊直政が上野国から移したお寺で、城下町のほぼ中心に位置し、 朝鮮通信使の宿等になるなどの重要な役割を果たしていたそうです。..
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彦根城江戸時代初期に井伊直勝が築城し、幕末まで井伊家14代の居城だった城。 井伊家からは5代6度にわたり大老が輩出され、井伊直弼もその一人でした。 天守閣は現存12天守の一つで、国宝に指定されています。
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井伊大老歌碑彦根城の佐和口多聞櫓のすぐ近くにある、井伊大老(直弼)の歌碑。 「 あふみの海 磯うつ波の いく度か 御世にこころを くだきぬるかな 」直弼は和歌においても秀でており、自作の和歌集を編纂したほどだそう..
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長浜城天正元年(1573年)、浅井氏攻めの功績で羽柴秀吉が浅井氏の旧領であったこの地を信長から拝領して築城した城。この城は秀吉の最初の居城で、秀吉はそれまでの今浜という地名を長浜と改名し、秀吉の城下町経営の..
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小谷城跡小谷城は長浜市湖北町伊部(旧・近江国浅井郡)にあった戦国時代の城。 戦国大名浅井氏3代の居城であり、堅固な山城として知られていました。しかし、織田信長に攻められて、天正元年(1573年)9月1日につい..
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北条仲時墓北条仲時は鎌倉時代の北条氏一門で、鎌倉幕府最後の六波羅探題北方。元弘3年(1333年)5月、六波羅を攻め落とされると、東国へ落ち延びようとしましたが叶わず、番場の蓮華寺本堂前で一族432人と共に自刃し..
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蓮華寺滋賀県米原市番場にある、浄土宗(旧時宗)のお寺で、聖徳太子によって開かれた寺と伝えられ、当初は寺号を法隆寺と称していたとのことです。六波羅探題北方の北条仲時が、一族郎党432名と伴に自刃したお寺です。..
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安土城天下制覇を目指した織田信長が、琵琶湖畔の安土山に築いた城。岐阜城よりも京に近く、琵琶湖の水運も利用できる等の利点がありました。優れた築城技術も導入されていて、以降の各地の築城にも影響を与えました。
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平宗盛終焉の地平宗盛は平清盛の三男、平家一門の武将・公卿で、官位は従一位内大臣。壇ノ浦の戦いで、宗盛は死にきれずに捕虜となり、鎌倉に送られましたが、京都に送還される途中、嫡男清宗とともに、近江国篠原宿で斬首されまし..