記事「独り言」 の 検索結果 143903 件
-
娘は23歳で嫁に行き、今は3人の子どもの親になっている私はサラリーマンを38年間もやってきた。 5年間務めた会社を辞めて、同じ自動車部品製造の会社に再就職先した。5年後、その会社の社長から営業担当に任命され、会社をRetireするまでの28年間、三..
-
映画に夢中になっていたころの自分が蘇えってくる私は映画が好きで、中学時代から高校時代にかけて、毎週のように名古屋駅前の映画館に行き、朝から晩まで映画を観ていた。 そんなとき、偶然に名古屋のテレビ塔を背景にした『危険旅行』という映画のポスター..
-
ときどき、優しかった叔母の面影を思い浮かべるときがある娘が嫁いだ家庭は、私のところと違って4世代が同居している。 娘には3人の子どもがいて、当然ながら、私にとっては、その3人は孫ということになり、上の孫娘は今年の5月で21歳になっている。 娘に..
-
私は豊橋という名を聞くと、懐かしくなってくる私は豊橋という名を聞くと、懐かしくなってくる。それには理由があった。 今から45年ほど前の年明けであった。私は社長から、三菱重工エアコン製作所の営業担当を命ぜられた。 3年ほどが経った頃、三..
-
ソフトボールをやっている子どもたちの姿が、俄かにかすみだした私は最近、散歩がてら大府市役所に行くことが多い。 大府市の市庁舎は私の家から、徒歩で20分ほどのところにあり、散歩の途中、休憩するには丁度いい時間となる。私は必ず、1階の健康ロビー裏のエレベータ..
-
どっかでぶっ倒れているんじゃないかと心配していたのよ最近、JR大府駅前周辺に行くことが多くなった。 12月に入り、大府公民館で開かれる大府コミュニティ推進協議会広報部会のミーティングが2回もあったが、いずれの場合もそれが終わると、昔から変わらない..
-
私は若い頃から演歌が好きだった私は若い頃から演歌が好きだった。演歌を歌謡曲とか流行歌とかに置き換えてもいい。 これは若くして亡くなった父親のせいなのかも知れない。 父親は洋服の仕立屋であったが、布地を裁断するときも、熱い..
-
高校時代にノンちゃんの書いた文章を読まなかったことが心残りとなっている「イッサくん、ちょっと相談に乗ってくれない?」 高校3年生のとき、ゴールデン・ウィークを1週間後に控えたある日の放課後、私が文芸部の部室で後輩部員と談笑していると、隣の4組のノンちゃんが深刻そ..
-
夫婦には紆余曲折があるが、それも夫婦の個性につながるのではなかろうか重松清氏の『十字架』という小説の中で、登場人物が【寂しさ】について、次のように語るところがある。 【寂しさってのは、両方で分かち合うものじゃないんだ。自分は寂しがってても向こうはそうでもなかった..
-
人生って、やってなんぼの世界である私は最近、これまで購入してきた古い本の整理をするようにしてきたが、これがなかなか進まない。 今日もある本に挟まれていた雑誌の一部が出てきた。そこには、ドイツの詩人であり作家でもあるゲーテの次のよ..
-
私のサラリーマン人生は、<精一杯生きた>という証しだと言える私は現在、満78歳である。 私のように齢を重ねてくると、決心したことの半分も実行できないことが度重なると、いつしか、<そんなことがあったかしら>というぐらいの意識にまで変貌している。 何事に..
-
今年もお御籤を購入して、今年の運勢を確かめることはない私の家から、歩いて20分ほどのところに市庁舎がある。 私はサラリーマンをRetireしてから、国民健康保険税、固定資産税、都市計画税は自動引き落としにせずに、時期が来るとその市庁舎内に設置された..