記事「独り言」 の 検索結果 143903 件
-
遠藤実氏の曲はアジアの人々に受け入れやすいのであろうか私は還暦を待たず、亡くなった父親の影響で、歌謡局が大好きで、五木ひろしが司会をするBSの番組「人生、歌がある」は欠かさず、視聴している。 数年前であろうか、その番組の中で、3時間にわたり作曲家の..
-
家から徒歩で30分ほどのところに熱田社という神社がある私の家から裏道を通っても徒歩で30分ほどかかるところに熱田社という神社がある。 会社をRetireした直後は、ときどき散歩がてらに行っていたが、熱田社には境内に駐車場があり、後期高齢者となった今..
-
どこまで行っても、私の偏屈な性格は直らないようである私は佐野妙さんの「だもんで豊橋が好きって言っとるじゃん!」というタトルの漫画を1号から4号までを読み終えた。 読みだしたのは、三河弁の会話が面白いのと、これまで知らなかったが、豊橋発祥のものが多..
-
サラリーマン時代の不自由さと猥雑さが、そういう思いにさせていた私はコロナ感染症が流行り出してから、外食をまったくしなくなった。 それに比例するかのように女房がいないときは、自分一人で近くのスーパーに弁当を買いに行くことが多くなった。それも30%OFFとか半..
-
哀しいが、今はそれだけが私の記憶に残っているだけである今日の私の市の公園での勤務は午前7時半からであった。 女房は午前3時半に起きて出ていき、午前7時過ぎに帰ってくるので、私はこの勤務シフトの場合は午前6時に目覚まし時計をセットして就寝する。 ..
-
今になっても憧れていた従姉妹のことを思い出している以前、中日新聞のコラム「中日春秋」に次のような一文が載っていたことがある。 【記憶とは、いつも<何か>にまとわりついているものだ。だから忘れたり、故意にしまい込んだりしていても、その<何か>に接..
-
今ではその思いは、私の中では幻になってしまっている最近になり、自分が歳を取ったせいであろうか、私は実父がどんな人だったのかと思い巡らすときがある。 実父は私が生まれてから1年を待たずに、胃癌で亡くなった。そして私は大府市に住む養父母のもとに養子..
-
生涯、「親友」はできないものと私は心のどこかで諦めていた満62歳でサラリーマンをRetireしてから、3年弱の生活時間は、職業訓練の一環として外国語学校I.C.NAGOYAのグローバルビジネス科に入学して、ビジネス英語を学んだことを契機に、英会話を勉強す..
-
私は「今日で、付き合うのは止そう」と,彼女に宣言していた先だって、JR大府駅前のロータリー広場を歩いていたら、タクシー乗り場とバス乗り場の中間あたりで、急に私の横に軽自動車のワンボックスカーが停まり、運転していた女性から声を掛けられた。 「イッサさん..
-
ときどき、養母の2歳年下の従弟のことを思い出すことがある私は1歳になるかならないうちに養子に出された身である。 私はときどき、小学生の高学年になったころによく家に泊まりに来ていた養母の2歳年下の従弟のことを思い出すことがある。 養母の従弟は、私が..
-
時折、館長から「もう閉館の時間ですよ」と声を掛けられる私は69歳のとき、大府自治区の区長から頼まれて、任期の2年間だけ、広報部長をやったことがある。 その自治区の事務所が建っている場所は大府公民館の前にあった。実は自治区の方法部長を仰せつかる前まで..
-
前を向いて歩いていくしか、私たちに残された道はないようである私は2カ月ほど前から、市の公園での仕事のあとに起きる左ひざの痛みが取れず、1週間おきに車で10分ほどのところにある整形外科に通院している。 今日と明日、公園の仕事が入っていなかっので、左ひざの調..