記事「独り言」 の 検索結果 143904 件
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4年前に作成した書式のテンプレートは、まだ私のパソコンに保存してある4年ほど前になろうか、私は次期リーダーのために明け方まで掛かって、市役所の公園課に提出する種類の書式テンプレートの作成をしたことがあった。 現役サラリーマン時代には、月末になると家に仕事を持ち帰..
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これが私の中学からの友だちの聴いてみたい気持に対する答えである私は中学からの友だちとの約束で、毎日、ブログを書くようにしてきた。 その中学からの友だちが、6月24日のブログに、次のような内容の記事を書いていた。 【私の中学からの友だち(私のこと)は..
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20代は色々なことがあったが、何もかも楽しい時代であった私の家の向こう3軒で、いちばん右に住んでいるご主人とは古くからの知り合いである。 その人は、私より2歳年上で、60年ほど前に同じ町内に住んでいた。 以前、私が住んでいた家が区画整理の区域にあ..
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人生の中で、4人の朝子という名の女性と縁があった私は今、市の公園のバーベキュー場で、男性10人と女性4人でアルバイトをしている。 その女性4人の中に朝子という名の人がいる。 考えてみれば不思議だが、これまで生きてきた人生の中でモーニングの..
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55歳の「役職定年」がもたらしてくれた思惑外の成果とも言える以前、中日新聞の夕刊コラム「夕歩道」で、こんなサラリーマン川柳が紹介されたことがある。 【人生が 100年となり 大慌て】【老後にと 米寿の父が 貯金する】【スポーツジム 車で行って チャリをこ..
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韓国企業と取引していたせいか、簡単な韓国語がいまだに私の耳から離れないでいる私は父親の時代から中日新聞の購読者であり、会員登録してその特権を活用して、無料でネット上の記事を読んでいる。 ときどき、中日新聞の「中日新聞社説・コラム(Web)」にアクセスしてみる。 もう..
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私の中には都合のいいように昇華させてしまった彼女が居座っている。数年前に読んだ勢古浩爾氏の『定年バカ』の巻末には、「定年関連本」の一覧が掲載されていた。何とその数は39冊にも及んでいた。 その39冊の中で、私が読んでいたのは、渡辺淳一氏の『孤舟』と内館牧子さ..
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定年後は、「自分の好きにすればよい」の一言に尽きる私は満62歳の誕生日に会社をRetireした。 会社との就業契約にもそのことは、はっきりと記載されていた。私が誕生日までとこだわったのは、満62歳から、厚生年金を満額支給されるからであった。 ..
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モンゴル人と会ったのは15年ぶりで、懐かしい気持が湧き上がってきた私は市の公園のバーベキュー場で働いている。 バーベキューサイトは31あるが、コロナ禍の関係で、半分の16のサイトしか、予約を受け付けていない。 その利用者の中には外国人のグループが数組もいる..
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報連相(報告・連絡・相談)を怠り、社長から何度も叱責を受けた私がサラリーマンになったころは、55歳が定年であった。 私は労働組合の書記長を8年の間、必死でやってきた。 あるとき、私は社長室に呼ばれ、三菱重工の営業担当を言い渡されたとき、その職域の中で..
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考えてみれば、私は未練たらしい男である最近、時間が空くとDVD録画してあったNHK ドラマ10の『マチ工場のオンナ』を再生して観ている。 このドラマは2017年に放映されたもので、すでに5年が経っている。 『マチ工場のオンナ』の..
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それがいつの間にか、私の楽しみになってしまっている今日の午前10時ごろ、女房に久しぶりに碧南市の火力発電所の施設「たんトピア」と、野菜産直市場の「あおいパーク」に行ってみないかと誘ってみた。 おそらく、「たんトピア」にコスモスやヒマワリをはじめ..