記事「生命」 の 検索結果 1101 件
-
「久遠即末法」の原理たとえば、宇宙生命の”我”は、成住壊空の脈動をたたえつつ、無限の時空へと広がっていく。しかし、それは、現在の一瞬の宇宙の本源に内在する「久遠」の働きであり、「南無妙法蓮華経」の宇宙大の根源的な力の噴..
-
久遠時間と空間が一体となり、融合体を形成している以上、人間の生命流の根底においては、生命的空間と生命的時間も、互いに溶けあい、渦巻いていると考えるのが妥当だろう。もっと端的に表現すれば、私たちの占める生..
-
瞬間即永遠瞬間の生に、永遠の実在をあらわすような現在を生きたいものだね。過去の”貯蔵庫”を開きつつ、希望と期待に胸をふくらませて未来を決意する。その決意も、空間的にいえば、宇宙大に広がり、時間からすれば、未来..
-
「円融の三諦」池田:あらゆる存在は、空仮中の三諦でとらえることができるわけです。しかし、三諦といっても、それは一つの実在の三つの観点からの認識であって、決して別個に分離して考えるということではない。 中道が空・..
-
一貫して不変の「我」=中=北川 :「十如是事」には、「如是体とは我が此の身体なり是を法身如来とも又は中道とも法性とも寂滅とも云うなり」(御書全集410p)とあります。ここで「我が此の身体」とあるのは、色法の肉体という意味ではあ..
-
「我」池田 ただ「我」といっても、心理学等でいう自我意識とは、厳密にいえば、違う面もある。心理学でいう「我」は、意識と切り離せないし、精神活動の一部として、とらえられる。フロイトが、イド、自我、超自我..
-
命濁とは、生命それ自体の濁り戸田城聖前会長は、このことについて、次のように述べられている、 「われわれの生命には、染浄の二法が存在する。清らかな生命は、外界のいっさいを、すなおにうけて、宇宙の大リズムに調和して、生命が流転する..
-
色法この世界は、確かに物質で構成されている。私たちの身体も、物質的存在であることに変わりはない。しかし、色法とは、「法」とある以上、たんに、物体とか、物質などをさしているのではないと思う。いままで、種々..
-
自由意志で変革できる業業論の意義は、いかなる業であっても自由意志で変革できるという法則性を示すことにあります。つまり仏教の業論は、決して一般にいう宿業論や、たんなる哲学ではないということです。現在の自己の生命は過去世以..
-
方便としての死ここに見られる法華経の生死観は、仏の生命は常住・不滅であるとの永遠の生命観に立脚しつつ、しかも主体的に死を方便としてとらえるというのです。つまり、仏という永遠なる大生命へと導くための一つの方便とし..
-
心の死後存続の可能性「色法」と「心法」の相関関係については、これまで話し合ってきたように、現代科学がすでに実証しているところです。しかし仏教は、身体と心の働きに分かれた現象面より一段と深い次元に根源的生命をとらえ、そ..
-
人間のエゴイズムを克服する仏教の生命観では、人間のエゴイズムの発動する場を、根源的自我意識、すなわち末那識の次元にあると見抜いています。意識的自我の基底にあって、絶えず自身に執着する根源的自我意識、つまり末那識の次元から、..