記事「遺跡」 の 検索結果 1934 件
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京都紹介・・・大原野の棚田に残る西岩倉祭祀跡大きな岩(磐座:いわくら)に古の人々は神が降臨すると考えていたようだ。神社を巡るとこの磐座信仰の痕跡を諸所に見ることができる。大原野の石作町の棚田に、西岩倉祭祀跡とされる大岩が田んぼの真ん中に残ってい..
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京都紹介・・・源氏物語宇治十帖ゆかりの宇治散歩宇治はちょっとどこか散策したい時に京都からだと気軽に出向ける場所である。平等院や宇治神社、宇治上神社ほか観光スポットとなる寺社もあり、源氏物語の宇治十帖ゆかりの「さわらびの道」、「あじろぎの道」など古..
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京都紹介・・・新選組壬生屯所跡の八木家、新徳禅寺、壬生寺、光縁寺1863年に清河八郎が徳川14代将軍家茂の上洛警護名目で、江戸より234名の幕府浪士隊を引き連れる。京都に到着後、清河は壬生の新徳禅寺で尊皇攘夷の先鋒となる演説を行い、200名が江戸へ戻ってゆく。これ..
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京都紹介・・・千代の古道(一条路、下立売路)沿線に見られる古墳京都の町の歴史散策を試みて、平安時代以前の歴史に目を向けて見ると、いろいろな場所に古墳があることに気付くようになる。名勝雙ケ岡から広沢の池、嵯峨野大覚寺へ至る「千代の古道」と歌に詠まれた道筋は、行幸の..
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京都紹介・・・豊臣秀吉が造った王城の邸宅「聚楽第」跡の発掘調査豊臣秀吉の権勢を示す栄華の城である聚楽第は、京都の平安宮内裏の上に築かれた。本能寺の変(1582)で信長が逝去して後、秀吉はわずか4年で天下の主へと躍進し、京都の政庁兼邸宅とした聚楽第は、1586年に..
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京都市考古資料館で展示された三条せともの屋出土茶陶「ひょうげた器」市考古資料館で今年の7月14日から12月2日まで、三条せともの屋出土の茶陶が展示された。夥しい数の織部や志野他の茶陶片が出土していて、それらに安土桃山時代のデザインの凄みを見る思いがした。各地の窯で焼..
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京都紹介・・・四世紀後半代の古墳の上に建つ伏見稲荷大社東方になる稲荷山三つ峰のお山巡り全国に約4万社あるという稲荷神社の総本社である伏見稲荷大社は、711年に秦伊呂具(はたのいろぐ)が稲荷山の三ケ峰に社を建て、三柱を祀ったのが始まりという。秦氏が五穀豊穣を祈った稲荷神はこの三つ峰の古墳..
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世界遺産、沖縄の史跡今帰仁城跡(なきじんじょうし)の風景13世紀末から17世紀初頭まで機能したといわれる沖縄の著名な城(グスク)跡。本州で見る城跡とは違い、大陸の城づくりの影響が濃い城郭だと思う。琉球語で表現されると異国情緒が高まる。城内に火之神が祀られて..
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京都紹介・・・前方後円墳の痕跡を残す外周路のある上ノ山古墳近辺平安京のできるまで、この地にはどういう人々が生活を営んでいたのか?民族移動の時代なので、多くの変遷があったのだろう。墳墓の作り方である程度の推測ができるので、調べればそれはそれを知る鍵という。山田葉室..
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京都紹介・・・月読神社奥にある松尾山古墳群古墳の現地調査に同行して、月読神社の奥にある谷を崖登りのようにして山頂にたどり着いた。記録にあるように、そこには石室のある大きな円墳が数基残存していた。道なき道を登るようなところなので、このような調査..
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京都紹介・・・西芳寺川上流にあるボウジョウ古墳群遺跡調査に同行させていただいて、京都に非常に多くの古墳が残されていることを知った。しかし、そのほとんどは崩壊しているか、取り壊されているのを見ることになった。西京区の苔寺横に流れる西芳寺川を苔寺からお..
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京都紹介・・・京北上中町の八幡宮社と宮ノ谷に残される古墳群古墳の現地調査に同行すると、神社や祠と古墳とが深くかかわりあっていることに気づかされる。多くの神社は古墳を守るように佇んでおり、祠はその古墳を拝むように設けられている。その地の鎮守はそこに力を持った豪..