記事「遺跡」 の 検索結果 1938 件
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横浜の史跡の紹介(電話交換創始之地)日本大通りにある電信創業の地から1つ隣の大桟橋通りに沿いの歩道に電話交換創始之地があります。今風に言えば、当時のITの中心地でしょうか。6/14の読売新聞に話交換創始之地について、紹介されていました..
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横浜の史跡の紹介(消防救急発祥之地)6/7の読売新聞に消防救急発祥之地が紹介されていました。場所は、大桟橋通りの歩道の脇に、何気なく消防救急発祥之地があります。ここから階段を下りていくと当時の地下貯水槽の中を見ることできます。ここの消..
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横浜の史跡の紹介(外国郵便創業の局)横浜が開港された時、外国との郵便や通信は各国の領事館や海外の商社が行っていたようです。その事業を順次、明治政府が行うように切り替えていき、外国郵便を扱うようになったのが、現在の横浜港郵便局の前身です..
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横浜の史跡の紹介(電信創業の地)『港を碑楽』に掲載されていたのが、NTTの前身である電電公社の電信創業の地が横浜にある。ペルーがお土産に持ってきたものだそうです。この記事を切っ掛けに、日本初で横浜が発祥の地になっているものを調べて..
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横浜の史跡の紹介(日米和親条約調印の地)読売新聞のライフという欄に『港を碑楽』という横浜の史跡を紹介しているのに気づいたのが遅く、第1回と第2回を見逃していました。そこで、新車のテスト走行を兼ねて、市内を散策して図書館にも行って、掲載され..
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横浜の史跡の紹介(史跡・英一番館跡)開港広場と道路を挟んだ反対側の山下通りには、シルク博物館の角に、史跡・英一番館跡の標柱が立っています。うしろには、シルク博物館の女性と絹の立像があります。1954年に設置された史跡の標柱は、市内に1..
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横浜の史跡の紹介(史跡・神奈川運上所跡)今回は、『史跡神奈川運上所跡』(世界へ開く税の窓口)というテーマでしたが、神奈川県庁脇に史跡があるとは知りませんでした。昨日、サイクリングで通りかかる途中に寄っていきました。1858年に締結した日米..
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横浜の史跡の紹介(鋳鉄製の大砲)『鋳鉄製の大砲』(深まる?埋没の謎)で紹介されている大砲は、開港資料館の脇に、記念に置いてあります。この大砲には謎があるようで、東インド会社所有の船に備えてあったカノン砲ということですが、なぜ、埋め..
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横浜の史跡の紹介(リチャード・ヘンリー・ブラントン胸像)日本大通りの正面にある横浜公園の中に、リチャード・ヘンリー・ブラントン胸像があります。彼は、明治元年に来日して、明治政府により横浜の都市計画を関わったようです。港崎遊郭の大火災を教訓に、日本大通りは..
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横浜の史跡の紹介(煉瓦造下水道マンホール)横浜の読売新聞には、日曜版に『開港場物語』というのが連載で横浜の歴史を紹介しており、地元に住んでいても、自ら歴史を調べるということをしないので、とても参考になります。第1回の連載からスクラップブック..
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旧川越街道の探索旧川越街道は江戸城と川越城を結び「栗(9里)より(4里)うまい13里」という宣伝文句の距離で利用した大名も川越城の城主なので、本陣を利用しなかったと言われています。日本橋から中山道できた旧川越街道は..
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「野火止用水を散策」をアップロード「野火止用水を散策」をアップロードしました。写真は、平林寺の山門です。 ≪野火止用水のマップ≫