記事「遺跡」 の 検索結果 1938 件
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横浜の史跡の紹介(西洋理髪発祥之地)山下公園内にあるモアイ像のような記念碑が西洋理髪発祥之地の記念碑です。(地図) 記念碑のプレートには 『- ザンギリ頭をたたいてみれば文明開化の音がする - 安静の開港とともに、生活様式..
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横浜の史跡の紹介(ホテル発祥の地)大桟橋通りに面したレストランの前に、ホテル発祥の地の碑が建っていました。建てられた日付を見てみると、最近のようで平成16年とありました。また、建てたのはレストランに関係している人たちのようで私設の説..
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横浜の史跡の紹介(ヘボン博士邸跡)ヘボン博士(正式にはハップバーンである)は開港後の横浜にキリスト宣教医として来航してきました。ヘボンの最初の住居として成仏寺にしていたが、その後、宗興寺に移り、日本語の習得するとともに施療所を開いた..
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横浜の史跡の紹介(中居屋重兵衛店跡)横浜開港当時の貿易は生糸が最大の輸出品だったのでしょう。その生糸貿易商の「中居屋重兵衛店跡」の記念碑が東京都民銀行横浜支店脇にあります。中居屋重兵衛は群馬県の出身で開港直後に横浜に進出して、生糸貿易..
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横浜の史跡の紹介(神奈川県電気発祥の地)ベイスターズ通りに、神奈川県での最初の発電所の出来たとして「神奈川県電気発祥の地」があります。横浜で最初に電力会社が設立されたのは、明治22年だそうである。(地図) 「神奈川県電気発祥の地」..
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横浜の史跡の紹介(玉楠の木)写真はペルリ提督以下横浜村上陸図をカラー化して再現したもののようです。この図にある右側に木があるところが、現在の横浜開港資料館の中庭にある木です。この木は、タブノキという種類で、通称「たまくす」..
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横浜の史跡の紹介(日本写真の開祖?)新聞の記事によれば、日本写真の開祖が建立されてから、史料がいろいろ出てきてことで訂正されており、万延元年にアメリカ人のフリーマンが日本最初の写真館を開設して、1861年に事業を譲渡された犬飼玉川が両..
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横浜の史跡の紹介(アイスクリーム発祥之地)馬車道通りにあるこの像はちょっと見ただけではなんの像だかわかりません。普通に、母子の像と思ってしまいます。(地図) この像があるところに町田房造がお店を出したことで、アイスクリーム発祥之地となっ..
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横浜の史跡の紹介(近代街路樹発祥之地)読売新聞の説明によれば、慶応2年に大火災の後の再建計画の中で、馬車が通れる道の造成することになり、そのときに各商店が競って柳や松の街路樹を植えたという。その道が馬車道であり、「近代街路樹発祥之地」の..
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横浜の史跡の紹介(吉田橋関門跡)読売新聞の港を碑楽が掲載されたので、そこからの引用も含めて、この史跡を紹介します。場所は、石川町駅を横浜寄りの改札を出て、左側の高速道路の上の橋にあります。昔は、川に架かる橋でしたが、今は高速道路の..
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横浜の史跡の紹介(岡倉天心生誕之地)読売新聞の連載で、「港を碑楽」というのがあり、「岡倉天心生誕之地」の由来がわかりました。 横浜市開港記念会館の脇に、「横浜町会所跡」と並んで、左側に「岡倉天心生誕之地」の碑があります。「横浜町会..
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横浜の史跡の紹介(横浜町会所跡)町会所とは、現在の市役所や町役場のような役割をしていたようです。説明板にある内容は次のようにありました。『この地に、明治7年(1874年)に竣工した石造2階建て屋上に高塔のある建物は、横浜市制施行の..