記事「陣屋」 の 検索結果 180 件
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山家陣屋(京都府綾部市)←切岸に残る石垣 山家陣屋は、現地解説板などでは山家城と称され、近世山家藩の藩政を司った陣屋である。1582年に、谷出羽守衛友が羽柴(豊富)秀吉より1万6000石で山家に封じられて陣屋を構えた。衛..
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綾部陣屋、附・綾部城(京都府綾部市)←保育園北面の急斜面 綾部陣屋は、江戸時代の九鬼氏の陣屋である。戦国時代、この地の本宮山には八上城主波多野秀治の部将江田兵庫頭行範が1565年頃に築いた綾部城があった(本宮山は、現在は大本教団の聖..
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中津山城(宮城県石巻市)←宅地脇の土塁跡? 中津山城は、江戸時代に仙台藩の内分支藩である中津山藩の陣屋が置かれた城である。正確には、元和の一国一城令で築城が制限されているので、「城」ではなく中津山「所」(「要害」より一段..
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九石陣屋(栃木県茂木町)←東側の土塁 九石陣屋は、江戸時代に九石郷を領した旗本梶川氏の陣屋である。九石郷は、江戸時代初期には茂木細川氏の所領となったが、1698年に幕府旗本の梶川与惣兵衛頼照の領地となった。以後、幕末まで..
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谷田部藩陣屋(茨城県つくば市)←貴重な遺構、陣屋玄関 谷田部藩陣屋は、肥後熊本藩細川氏の分家が谷田部藩を立藩して築いた陣屋である。細川忠興の弟興元は、関ヶ原の戦い・大阪夏の陣に参戦し、その功により1616年、既に拝領していた下..
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麻生藩陣屋(茨城県行方市)←陣屋跡の現況 麻生藩陣屋は、1604年に麻生に入部した新庄氏が常陸・下野3万300石を領して立藩し、新たに構えた陣屋である。初代直頼から15代直敬まで267年間、一度の移封もなく幕末まで存続した..
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滝野館(宮城県栗原市)←館の塁線跡か? 滝野館は、仙台伊達藩の宿老遠藤家の館である。遠藤家の祖は、伊達輝宗の重臣として活躍した遠藤山城守基信で、1591年、2代宗信の時に伊達家が岩出山に移封となると、出羽米沢より栗原郡..
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小杉陣屋(神奈川県川崎市)←陣屋跡に建つ陣屋稲荷 小杉陣屋は、徳川家康の家臣小泉次大夫が築いた陣屋である。小田原の役で北条氏が滅亡すると、徳川家康が関東に入部し、関東各地の再開発を計画した。この時、小泉次大夫は家康に用水開..
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飯野陣屋(千葉県富津市)←大手の横矢掛かり 飯野陣屋は、長州徳山・越前敦賀と並び、日本3大陣屋に数えられる広大な陣屋である。1648年、信州高遠城主保科正直の3男、保科弾正忠正貞によって築造された。正貞は、早くから徳川家..
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柏原藩陣屋(兵庫県丹波市)←現存する表御殿 (2014年4月訪城) 柏原藩陣屋は、江戸時代中期に柏原藩主となった織田氏によって造営された居館である。柏原藩は、元々は1598年に、織田信長の弟信包によって立藩された。その後..
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黒田代官屋敷(静岡県菊川市)←屋敷外周の水堀 黒田代官屋敷は、徳川家の直参旗本本多日向守の知行地を支配する代官所跡である。黒田氏は、越前黒田庄を領した黒田下野守義次を祖とし、永禄年間(1558~69年)に8代九郎大輔義則が遠..
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黒石陣屋(青森県黒石市)←蝦夷館との間の空堀 黒石陣屋は、弘前藩の支藩である黒石藩の陣屋である。江戸時代前期の1656年に、津軽信英が黒石に5千石で分封され、新たに黒石藩を立藩した。その後、1808年には1万石に加増され..