記事「X-Pro2」 の 検索結果 3976 件
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<しづか>=7100形蒸気機関車:小樽市総合博物館(2023.05.14)小樽駅前からバスに乗って祝津へ移動した際、バスが手宮の博物館の傍を通ることに気付いた。 手宮の博物館については3月にも立寄った経過が在ったのだが、その時は屋外の展示が積雪の為に休止中で、寧ろ企画..
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旧 第百十三国立銀行 小樽支店 周辺:小樽・堺町通:早朝(2023.05.14)↓何か「堺町通の早朝…」という風情が溢れる感じで気に入っている。 ↑右側の石壁の建物は<第百十三国立銀行>の支店であった建物だという。「木骨石造」という独特な構造だ。1895(明治28)年の建物..
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旧 名取高三郎商店:小樽・堺町通:早朝(2023.05.14)街が興って行く経過の中、「2つの地区の境界」という意味合いで「堺町」という呼び方になった辺りが、現在に至っても「堺町通」と呼び習わされている。小樽の街では「散策するのが愉しい」という感じの場所だ。 ..
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鰊漁場建築(旧田中家)=小樽市鰊御殿(2023.05.14)祝津を歩き廻っていた。 ↓岬の小高い場所、灯台の辺りを見上げると大きな建物が在る。 ↓聞けば幅が30m弱で、奥行きが13mというような程度の建物であるという。単純計算で出る1階部分の総..
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旧白鳥永作番屋…:小樽 祝津(2023.05.14)青山家、茨木家、白鳥家が祝津の「御三家」として知られる網元であった。 ↓その「御三家」の一つである白鳥家の番屋だ。白鳥家関係者の住む場所と、漁場で働く人達の場所とが大きな屋根の下に設えられている..
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旧茨木邸(旧茨木輿八郎番屋)&旧茨木家中出張番屋…:小樽 祝津(2023.05.14)鰊漁で大変に栄えたという祝津には、独特な漁場建築が伝わっている。そして古くからの建物の集まり方から、鰊漁を生業とした集落の様子をも窺い知ることが叶う。 祝津では「御三家」と呼ばれたことに知られた..
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<にしん御殿 小樽貴賓館>(旧青山別邸)…:小樽 祝津(2023.05.14)↓小樽駅前からバスに乗り、「祝津3丁目」という停留所に到った。下りて直ぐ、美しい海が視える場所が在った。 祝津は、鰊漁の故に相対的に早く拓けた地区で、明治期以降は鰊漁が大変な隆盛を誇るように..
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早朝に…:小樽運河(2023.05.14)「街が貸切!?」という気分で、早朝に小樽で散策を愉しんだ。国道5号から浅草通に入り、堺町通を経て臨港線に出て、小樽運河の辺りに到った。 ↓運河沿いの歩道も未だ静かな感じだ。 ↓朝の光が..
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<旧 北海道拓殖銀行小樽支店>…(2023.05.14)↓交差点に佇む美しいビルだと思う。辺りを通る都度に眼を奪われる。 ↑隆盛を誇った小樽は「北のウォール街」という異名を持っていた。その「金融の街」を代表する銀行が集まる辺りの交差点のビルも、<北海..
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<旧 北海道銀行本店>…(2023.05.14)↓<日本銀行旧小樽支店金融資料館>の建物に近い辺りは、旧い重厚な建物が比較的多く見受けられると思う。 ↓これは足を停めて眺めてみたくなるような建物だ。 ↑これは1912(明治45)年に..
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早朝:<日本銀行旧小樽支店金融資料館>の建物…(2023.05.14)↓様々な旧い建物が残る小樽の街で、一際の威容を誇る建物であるように思う。 ↑嘗ては日本銀行の支店であった建物だ。現在は「金融資料館」という博物館になっている。 明治時代の終わり頃から、金融..
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<旧 向井呉服店支店 倉庫>…(2023.05.14)早朝に「街が貸切!?」という気分で散策をするのは少し愉しい。 ↓浅草通と都通商店街とが交差するような辺りの眺めだ。 ↑何か凄く存在感が在る、煉瓦造の建物だ。 1907(明治40)年に..