記事「京都」 の 検索結果 58648 件
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新撰組顕彰碑・慰霊塔京都市中京区の新撰組との縁が大変に深い壬生寺にある新撰組顕彰碑と新撰組隊士慰霊塔。「新選組顕彰碑」は京都で活動している「新選組同好会」 が、結成20周年を記念して平成7年(1995年)に建てたものだそ..
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近藤勇像(壬生寺)幕末の京都の街で恐れられた新選組は、京都守護職配下の組織として壬生の八木家で発足。近藤勇はその新選組局長として京の街の治安活動に大活躍した人物で、八木家のすぐ近くの壬生寺の境内に像があります。
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河合耆三郎墓 近藤勇遺髪塔京都市中京区の壬生寺境内にある河合耆三郎の墓と近藤勇の遺髪塔。 河合耆三郎は勘定方として活躍した新撰組隊士で、池田屋事件にも参戦し褒賞金をもらっていましたが、慶応2年(1866年)2月、切腹させられま..
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新選組隊士墓京都市中京区の壬生寺の境内にある新選組隊士の墓。左側にあるのが 文久3年(1863)9月16日に八木邸で暗殺された芹沢鴨と平山五郎の二人の墓で、右側にあるのが池田屋事件で亡くなった隊士など7名の墓です..
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人丸塚京都市中京区の壬生寺の境内にある、万葉集で知られる歌人・柿本人麻呂 の灰塚と伝えられている塚。「人麻呂」が「人丸」となり、「火止る」に通じることから火除けのご利益があるとのことです。
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島原大門日本初の幕府公認の遊女街である京都の島原の東入口にあたる大門で、 京都市の登録有形文化財。大門は明和3年(1767年)に現在地に付け替 えられ、現在の門は慶応3年(1867年)に建てられたとのことです..
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輪違屋京都市下京区の島原にある、現在も営業している置屋兼お茶屋。この建物 は安政4年(1857年)に再建されたもので、明治4年(1871年)にほぼ現在 の姿となり、昭和59年(1984年)には市の有形文化財..
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角屋京都の島原花街で営業していた揚屋(料亭・饗宴施設)。幕末には久坂玄瑞、 西郷隆盛などの勤王の志士が密議を交わしたり、豪商からの資金調達のための接待に使用され、また、新選組もここでの遊興を楽しんでいたそ..
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牛若丸首途の井京都市右京区花園艮北町に井戸跡を示す石標が建てられています。 この地は金売り吉次の屋敷跡といわれ、牛若丸が奥州に旅立つ際にここの井戸の水を汲んで別れを惜しんだという伝承があります。
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義経かどで地蔵尊京都市右京区花園木辻南町、妙心寺近くの願王子にある地蔵尊。この辺りは金売り吉次の別宅があった地と言われ、牛若丸は奥州への旅立ちに際して、宿願成就の暁にはこの地に一寺を建立せんと誓ったと伝わっています。..
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五条大橋京都市を流れる鴨川に架かる橋で、昔は今の松原橋の位置に架かっていま した。古くから洛中から鴨川東岸への、特に清水寺参詣のための便として架橋されていた橋で、牛若丸と弁慶が出会った場所との伝説で有名です。..
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阿弖流為母禮之碑阿弖流為は蝦夷の軍事指導者で、母禮は阿弖流為の母。阿弖流為は胆沢に侵攻してきた朝廷軍を撃退しましたが、終には坂上田村麻呂軍に降伏し 処刑されました。清水寺境内には阿弖流為と母禮の碑が建立されています。..