記事「京都」 の 検索結果 58648 件
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瑞泉寺(京都)京都市中京区木屋町通三条下ル石屋町にある浄土宗西山禅林寺派のお寺。 豊臣秀次の戒名「瑞泉寺殿高巌一峰道意」から寺号を取り、秀次事件で死罪 となった秀次と連座した一族・家臣の菩提を供養しているお寺です。..
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弁慶石京都市の三条麩屋町にある弁慶石。石の謂れについては、幼少の頃、三条 京極界隈に住んでいた弁慶が熱愛した石とか、弁慶が比叡山から投げた石、 衣川の合戦で立ち往生した弁慶がこの石になった、など様々あるそう..
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池田屋跡池田屋は京都三条木屋町(三条小橋)にあった旅館で、池田屋事件の現場。元治元年(1864年)6月5日、池田屋で会合をしていた長州藩・土佐藩などの尊王攘夷派志士を、新選組が襲撃したのが池田屋事件です。
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三条小橋京都市の鴨川に並行して流れる高瀬川に架かる小さな橋。この橋の袂、 高瀬川沿いに木屋町があり、幕末には、佐久間象山、大村益次郎 が暗殺される現場ともなり、また、池田屋もすぐこの近くにありました。
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三条大橋擬宝珠元治元年(1864年)6月5日に発生した池田屋事件の現場は三条大橋のすぐ近く。池田屋事件の時に付いたとされる刀傷が、三条大橋の北側と南側の2か所(西から数えて2つめの擬宝珠)に現存しています。
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三条大橋京都市を流れる鴨川に架かり三条通を通す橋で、慶長6年(1601年)に 徳川家康によって定められた東海道五十三次の西の起点となった橋です。 現在の橋は昭和25年(1950年)につくられたとのことです。
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三条大橋石柱三条大橋の西の袂に残されている「天正十七年津国御影」「七月/吉日」 と刻まれている石柱。天正期の橋は大正元年(1912年)に架け替えられま したが、その時不要になった石柱は京都市内の庭石に用いられたそ..
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弥次喜多像(三条大橋)東海道の終着点である京都の三条大橋の西橋詰にある弥次喜多の像。 弥次さん喜多さんは十返舎一九作の「東海道中膝栗毛」に登場するお馴染みの人気者の二人で、江戸から東海道を下り京までの珍道中をしました。
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ちりめん洋服発祥の地京都市中京区木屋町、武市瑞山寓居跡の碑と並んで碑が建てられています。 昭和47年(1972年)に、田中佐起三氏が (株)さきぞう(SAKIZO)を創業し、 ちりめん素材を使った洋服を創作し、ここから世..
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吉村寅太郎寓居跡吉村寅太郎は幕末の土佐藩出身の志士で、孝明天皇の大和行幸の先駆けと なるべく中山忠光を擁立して天誅組を組織して大和国で挙兵しました。しかし、八月 十八日の政変で情勢が一変し、幕府軍の攻撃を受け敗れて戦..
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武市瑞山寓居跡武市瑞山は土佐藩郷士で尊王攘夷を志す幕末の志士。文久2年(1862年)に山内容堂に従って上洛し、この地に住んで応接役として各藩士と交わったとの こと。武市瑞山は後に投獄され、慶応元年(1865年)に切..
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加賀藩邸跡加賀藩は102万石を誇った最大の外様大名で、前田家が代々藩主でした。 高瀬川の西側、河原町通にいたる間は、江戸時代に加賀藩の藩邸があった処で、留守居役が詰め、各種の連絡事務に当たっていたそうです。