記事「京都」 の 検索結果 58648 件
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大念寺京都府乙訓郡大山崎町、天王山の麓、宝積寺のすぐ下にある浄土宗のお寺。幕末の禁門の変の際に長州藩の一部が大念寺に布陣していたことで巻き込まれて焼失し、再興されたのは明治12年(1879年)になってからの..
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妙喜庵京都府乙訓郡大山崎町字大山崎、JR山崎駅のすぐ近くにある臨済宗の庵。日本最古の茶室建造物であると同時に、千利休がつくったと目されている唯一の現存茶室である「待庵」が、この庵の中にあるそうです。
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製油発祥の地京都府大山崎町に鎮座する離宮八幡宮境内にある「本邦製油発祥地」の碑。平安時代初期、離宮八幡宮では搾油器を発明して荏胡麻油の製油を始め、朝廷より「油祖」の名を賜り、荏胡麻油の販売権を独占して、大変栄えま..
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離宮八幡宮京都府乙訓郡大山崎町に鎮座する八幡大神を御祭神とする神社。石清水八幡宮の元社にあたる神社で、嵯峨天皇の離宮である「河陽宮」の跡地であったため、後に社号が「離宮八幡宮」と改称されたとのことです。
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朧の清水京都大原の寂光院に通ずる近道の右側、灌木の下にある小さな池。建礼門院が遥々寂光院へお越しの道すがら、この清水の辺りで日が暮れ、自身のお姿が月光によってこの水溜りにおぼろに写ったと伝わっています。
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大原西陵京都大原の寂光院隣接地にある宮内庁管轄の建礼門院徳子の墓。建礼門院徳子は平家の滅亡後、大原の里で安徳天皇、平家一門の菩提を弔いつつその生涯を終えましたが、没年については諸説あり、はっきりしていないそう..
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御庵室跡京都大原の寂光院境内にある建礼門院が隠棲していたと伝わる庵の跡。平家の滅亡後、洛北の地大原で、建礼門院徳子が夫高倉天皇とわが子安徳天皇、および平家一門の菩提を弔う余生を送ったとされるところです。
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千年姫小松京都大原の寂光院の本堂前の汀の池の傍にある姫小松の古木。この姫小松は平家物語の大原御幸の中で、建礼門院徳子と後白河法皇が対面する場面で登場する松だそうですが、現在は枯れて神木とされています。
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寂光院京都の大原にある天台宗のお寺で、聖徳太子の開基と伝わっています。平清盛の娘・建礼門院徳子が平家滅亡後に隠棲した所で、「平家物語」の「大原御幸」の舞台ともなり、「平家物語」所縁の寺として知られています。..
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元和キリシタン殉教の地日本のキリシタン3大殉教の一つである京都の大殉教が行われた地。元和5年(1619年)10月6日、キリシタン52名が9台の大八車に乗せられ市中引き回しの上、ここの河原で火あぶりの刑に処せられたそうです。..
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遍照院京都府の宇治田原町にある元亀元年(1570年)開基の真言宗のお寺。徳川家康の三大危機の一つに数えられている「神君伊賀越え」の際に、遍照院で休憩し、新しい案内人に導かれて信楽・朝宮を目指したそうです。
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信西入道塚京都府綴喜郡宇治田原町にある、この地で最期を迎えた信西入道の首塚。信西入道(藤原通憲)は平治の乱の勃発直後、源氏の手から逃れるためにここまで逃げてきましたが、ついに見つかり、首をはねられたとのことです..