記事「京都」 の 検索結果 58648 件
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山口城址京都府綴喜郡宇治田原にある信長の家臣、山口秀康の築城とされる城の址。本能寺の変直後、徳川家康が伊賀越えをする際に立ち寄ったと伝わっていますが、現在は畑になっていて城の痕跡は見当たらず案内板があるのみで..
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東寺教王護国寺という名も持つ東寺真言宗の総本山。延暦15年(796年)に、平安京の羅城門の東側に王城鎮護の寺として建立されました。木造建築としては日本一の高さを誇る五重塔は京都のシンボルになっています。
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新選組屯所跡(不動堂村)慶応3年(1867年)6月15日、新撰組は現在の京都駅近くの不動堂村に大名屋敷のような広大な屋敷を建てて、屯所をそこに移したそうです。しかし、約半年しか使用されず「幻の屯所」などとも呼ばれているそうで..
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八大神社京都市左京区一乗寺松原町に鎮座する神社。一乗寺下り松で吉岡一門数十人との決闘を前にした宮本武蔵が当社で神頼みををしようとしましたが、神仏に頼ろうとした自分の弱さに気づき、寸前にやめたという逸話も残って..
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宮本武蔵像宮本武蔵は江戸初期の剣術家、兵法家で二刀を用いる二天一流の開祖。京都の兵法家・吉岡一門との一乗寺下り松での戦いや、佐々木小次郎との巌流島での決闘等が、演劇、小説、様々な映像作品の題材になっています。
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下り松古木京都市左京区に鎮座する八大神社境内に残る一乗寺下り松の古木。宮本武蔵の決闘の時代の前から昭和20年頃まで生きた一乗寺下り松の大木の一部が、神社境内の本殿の西側に大切に祀られています。
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一乗寺下り松京都市左京区一乗寺花ノ木町、曼殊院道と狸谷不動明王道の分岐点にある旅人の目印となってきた松で、現在の松は4代目とのこと。宮本武蔵が吉岡一門数十人と決闘を行った伝説の地としても有名です。
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大楠公戦陣跡「太平記」によると、建武3年(1336年)正月、楠木正成勢と足利尊氏勢がこの地で対陣し、楠木正成勢が足利尊氏勢を追撃したとされています。一乗寺の楠木正成が陣を構えたとされる所に石碑が建てられています。..
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蛍岩平安時代に、女流歌人の和泉式部が貴船神社に参詣して恋の成就を祈り、 「もの思へば沢の蛍もわが身よりあくがれ出づる魂かとぞ見る」と有名な歌を詠んだのが、この蛍岩近辺の光景だといわれています。
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船形石京都の北、貴船神社の奥宮本殿の西側にある船の形をした石組み。貴船神社創建伝説によると、神武天皇の皇母・玉依姫命が乗ってきた黄船を、人の目にふれぬように包み隠したといわれる石積み遺構です。
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和泉式部歌碑(貴船)京都の北、貴船神社の奥の院に向かう途中にある和泉式部の歌碑。 ものおもへば 沢の蛍も わが身より あくがれいづる魂かとぞみる夫との仲がうまくいくようにと貴船神社にお参りした時に詠んだ歌だそうです。..
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天の磐舟京都の北、貴船神社の奥の院に向かう途中にある見事な船形の自然石。古くは「船」は唯一の交通機関であり、人と人、文化と文化を結びつけるという大切な役割を担うことから、縁結びの信仰と深い関わりがあるそうです..