記事「京都」 の 検索結果 58648 件
-
六波羅跡現在の東山開晴館(京都市立の小中一貫校)に碑が建てられています。平安末にはこの付近に、六波羅殿と呼ばれた平清盛ら平家一門の屋敷が営まれ、またのちに鎌倉幕府によって六波羅探題が置かれました。
-
平清盛塚(六波羅蜜寺)六波羅は院政期の平正盛以来、代々平家の拠点となってきたところです。平清盛の時代に、清盛は「西八条邸」を造営して政治の拠点を移しましたが、平氏一門の軍事力の拠点は引き続き六波羅館に残されていたとのことで..
-
阿古屋塚阿古屋塚とは阿古屋の菩提を弔うために鎌倉時代に六波羅蜜寺に建立された供養塔。阿古屋は平家の侍・悪七兵衛星景清の恋人の遊女で、歌舞伎の「出生景清」「壇ノ浦兜戦記」の場面「阿古屋の琴責め」に描かれています..
-
牛若丸・弁慶像牛若丸と弁慶が出会ったのは、京の五条の橋の上ということになっています。京都の五条大橋の西側(河原町通との交差点近く)の中央分離帯には、その状景を模した京人形(御所人形)風の2体の石像が設置されています..
-
耳塚京都市東山区、豊国神社の近くにある鼻塚とも呼ばれている塚。慶長の役の際、戦功の証として削ぎ取った朝鮮・明国兵の耳や鼻を持ち帰り葬った塚で、約2万人分の耳と鼻が埋められているそうです。
-
方広寺大仏殿石垣豊臣秀吉は天正14年(1586年)に、松永久秀の焼き討ちにより焼損した奈良東大寺大仏に代わる大仏の造立を発願し、文禄4年(1595年)に京都東山に完成。方広寺から国立博物館西側にかけて、当時の大仏殿の..
-
方広寺梵鐘京都市東山区の方広寺境内にある梵鐘で、方広寺鐘銘事件で有名。梵鐘の銘文のうち「国家安康」「君臣豊楽」の句が家康及び徳川家を冒瀆するものと看做され、豊臣家滅亡を招いたとされています。
-
豊国神社京都市東山区に鎮座する神号「豊国大明神」を下賜された豊臣秀吉を祀る神社。豊臣家滅亡とともに徳川家の命により廃絶となりましたが、のちに明治天皇の勅命により再興されたとのことです。
-
養源院文禄3年(1594年)に豊臣秀吉の側室・淀殿が父・浅井長政、祖父浅井久政らの21回忌の供養のために秀吉に願って創建したお寺で、浅井氏の菩提寺。本堂は伏見城の殿舎を移築したもので廊下の天井は血天井として..
-
法住寺京都市東山区にある天台宗のお寺で、その昔「法住寺殿」のあったところ。法住寺殿は後白河上皇の御所だったところで、永暦2年(1161年)から、藤原為光が建立した法住寺を中心とした広大な地域に営まれたそうで..
-
即成院京都市東山区にある真言宗のお寺で、総本山泉涌寺山内にある塔頭。那須与一縁の寺と云われ、「即成院縁起」では、与一が光明院(即成院)に参詣して武運を祈願したとされていて、山内には那須与一の墓があります。
-
退耕庵京都府京都市東山区にある臨済宗東福寺派の大本山・東福寺の塔頭で、鳥羽・伏見の戦いの戦死者の菩提寺。また、客殿の茶室では安国寺恵瓊、石田三成、宇喜多秀家が関ヶ原の戦いの謀議を行ったそうです。