記事「京都」 の 検索結果 58649 件
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山崎合戦古戦場碑天正10年(1582年)6月13日に、羽柴秀吉軍と明智光秀軍が、 摂津国と山城国の境に位置する山崎を舞台に戦ったのが、山崎の戦い。 大山崎町立大山崎中学校の正門横に、石碑が建てられています。
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大山崎瓦窯跡京都府乙訓郡大山崎町の観音寺(山崎聖天)の麓にある、瓦窯跡。 平安宮・京の造営を支えたものと考えられ、ここで製作された瓦は 平安宮朝堂院をはじめ、嵯峨院、河陽離宮に供給されたとのことです。
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観音寺京都府乙訓郡大山崎町にある真言宗系単立のお寺で、歓喜天(聖天)を鎮守 として祀り、特に商人から信仰されていて、「山崎聖天」、と通称されています。 境内には桜が多く植えられており、春には多くの行楽客..
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山崎合戦之地碑天正10年(1582年)6月2日の本能寺の変の直後の6月13日、備中高松城 から引き返してきた羽柴秀吉軍と、織田信長を討った明智光秀の軍勢が、 摂津国と山城国の境に位置する山崎において激突したのが..
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十七烈士の墓元治元年(1864年)7月、長州藩が軍勢を率いて入京し、禁門の変が勃発。 長州藩が敗れて西へ向けて敗走する際、幕府軍の追撃を防ぐために、天王山 に立て籠もったのが、真木和泉率いる17士で、全員自害..
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天王山京都府乙訓郡大山崎町にある山で、山崎天王社があることが山名の由来。 天正10年(1582年)6月の、明智光秀と羽柴秀吉が戦った山崎の戦いで、 この山の争奪戦が起こり、「天下分け目の天王山」と表現さ..
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自玉手祭来酒解神社京都府乙訓郡、天王山の山腹に鎮座する神社で、もとは「山崎天王社」。 本殿の手前に建つ神輿庫は鎌倉時代の建築で、日本にある 板倉式倉庫としては最古の例であり、国の重要文化財に指定されています。
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宝積寺京都府乙訓郡大山崎町の天王山中腹にある、真言宗智山派のお寺。 天正10年(1582年)の山崎の戦いの際には、秀吉の本陣が置かれ、また、 元治元年(1864年)には、禁門の変で尊皇攘夷派の陣地が置か..
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大念寺京都府乙訓郡大山崎町、天王山の麓、宝積寺のすぐ下にある浄土宗のお寺。 幕末の禁門の変の際に長州藩の一部が大念寺に布陣していたことで巻き込 まれて焼失し、再興されたのは明治12年(1879年)になっ..
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妙喜庵京都府乙訓郡大山崎町字大山崎、JR山崎駅のすぐ近くにある臨済宗の庵。 日本最古の茶室建造物であると同時に、千利休がつくったと目されている 唯一の現存茶室である「待庵」が、この庵の中にあるそうです。..
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製油発祥の地京都府大山崎町に鎮座する離宮八幡宮境内にある「本邦製油発祥地」の碑。 平安時代初期、離宮八幡宮では搾油器を発明して荏胡麻油の製油を始め、 朝廷より「油祖」の名を賜り、荏胡麻油の販売権を独占して、大..
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離宮八幡宮離宮八幡宮は、京都府乙訓郡大山崎町にある八幡大神を御祭神とする神社。 石清水八幡宮の元社にあたる神社で、嵯峨天皇の離宮である「河陽宮」の 跡地であったため、後に社号が「離宮八幡宮」と改称されたとの..