記事「人」 の 検索結果 7589 件
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高橋悠治の手日曜日のコンサートには高橋悠治だけを聞きに行った。 音がきらきら光る粒子となって飛び交った。 プログラムには高橋悠治と権代敦彦の対談が掲載されていた。 思っていた通りの悠治がそこにいた。 悠治..
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横顔森鴎外は全集を揃えて読むほどにはならなかった。いつかたどり着くことがあるだろうか。 樋口一葉のささやかな葬儀に参列するという申し出があったそうだが、固辞されたと、杉山武子さんの文章にあった。 鴎外..
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天井桟敷から5月最後の日曜日は高橋悠治のピアノを聞く。コンサートホールの座席表を見ながら、残ったわずかな席からまたその角を選んだ。ホールは縦長、教会のようなつくりであった。昨日同僚とその話をして、A席とS席しか..
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週末の迷い道:対話ということあるいは・・・土曜日の話の主題はバフチンの対話論だった。 そして、最近、ようやくあちこちで少しずつ集めた寺田透の本、道元について、清少納言については、いずれも対話体で構成されていた。寺田透氏の知る限りの自述体の文..
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雑木林の迷い道 4 ほんとうの空色バラージュ・ベーラ(1884-1949) バラージュは家族の名前、ベーラが子どもに与えられた名前。生国ハンガリーでは日本と同じ順序。バラージュさんちのベーラということになる。 表題の作品「ほんとうの..
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それは音もなくやってくる何も書くことができず、ずっと考えていることがある。 ウォルフレンの「なぜ日本人は日本を愛せないのか」という1998年に翻訳された本は、いずれ発禁になるのだろうか。 いや、その存在すら抹殺されるよう..
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学生生活のスタイル 10 泪のわかれ2月3月は特別な季節である。 思い通りにいかぬがゆえの涙。 入学許可、卒業資格取得、それらの失敗。 いったいどれだけの涙が流されるだろう。 結核を患っていた梶井基次郎が車をやとって(どうに..
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アメリカ人にとってのヨーロッパ、ヨーロッパ人にとっての東洋、東洋人にとってのアメリカ仕事場の壁にジャコメッティの絵葉書が貼り付けてある。裏を見るとキャロリーヌ、1962とある。彼が亡くなる4年前だ。細かい線の錯綜、さまざまな色の重なり合い。未完の作。そうだ、永遠の未完成。そして、人..
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秋深まりしころ:三岸節子美術館故郷に建てられた美術館。全国を廻ってきた三岸節子の回顧展、最後の地がここ。このあたりは、毛織物で栄えた町である。建物は、毛織物工場、欧州の小さな教会、古い土蔵、様々ななじみのある建物と類似性をもとめる..
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いのちのリズム知人が関わるグループが高橋悠治のクリマトーガニという沖縄の島の民謡にもとづいた合唱曲を演奏することになったことは、すでに書いた。メンバーが当惑したのはどうやら、知人の話から想像すると、リズムの取り方..
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1949年あるいは昭和24年度生まれ団塊の世代と一言で言う。その中でもそれぞれに際立った特徴がある。 昭和24年度生まれは、年度ごとの人口が突出した山をつくった、そのしんがりをつとめる。25年度うまれとなると目立って少ない。 昭和3..
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敗者への共感: 『エルンスト・シュタードラーの抒情詩』ドイツ文学者の三浦安子先生が、エルンスト・シュタードラーの詩についての著作を出された。1ヶ月半ぶりに戻った伴侶が、先生からいただいたその本を届けてくれた。 詩人は巻末の年譜によれば1883年にア..