記事「和歌山県」 の 検索結果 2905 件
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795 コマキノ鼻・マキ崎=東牟婁郡串本町出雲(和歌山県)半島を東西に分ける浪ノ浦の東に飛び出している岩の岬串本からぶら下がっている工事中の蜂の巣は、東のほうが発達していて、その海岸にアンドノ鼻、住崎、御崎、クレ崎があるのだが、西側にも出っ張りがあって、こちらにはコマキノ鼻、マキ崎、そして出雲崎がある。 ..
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794 クレ崎=東牟婁郡串本町潮岬(和歌山県)海の難所は今は昔の話だけどリアル本州最南端はここだよ“潮岬が本州最南端の地である”ことには、誰も疑いを挟めないだろう。だが、厳密に言うと「潮岬」という名の「岬」そのものはないこと、串本から南にぶら下がった、できかけの蜂の巣のような台地全体の西側を潮岬..
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793 御崎=東牟婁郡串本町潮岬(和歌山県)“万国の東南の極”は聖なる御埼でなにかと話題も豊富「潮岬」は串本町の字地名として広い範囲をカバーしているものの、「潮岬」という名の岬はどこにもないのである。こういう例もまれにあるのだが、ここの場合、灯台名は「潮岬灯台」で、その北側にある出っ張りの名..
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792 住崎=東牟婁郡串本町潮岬(和歌山県)どうみてもひょうたんのようにはみえないのだけれども…現在の住所表示では、その東側半分以上を一律に「潮岬」、東側を「出雲」としている、串本市街地の南に垂れ下がっているような一帯は、それぞれ別の名をもつ三つ四つの集落に分かれていた。西の一帯は、上野(うわ..
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791 アンドノ鼻=東牟婁郡串本町串本・潮岬(和歌山県)“御崎に越す本”からクシモトの地名になったと…家数が350軒で、人数1,442人というから、『紀伊続風土記』の時代から串本は田辺より南の近郷近在では、いちばん栄えていた賑やかな浦だったのであろう。おもしろいのは、「串本」の由来が、ここで“御崎に..
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790 砥崎=東牟婁郡串本町二色(和歌山県)“潮埼荘の潮崎氏は断絶”して紀伊半島最南端の岬に名残りを留めるのみ潮崎氏について、『紀伊続風土記』は「その支配する地の広さは詳らかにしがたい。小山氏また塩埼氏と隣好厚く婚を通して一族となり、共にその境界を守り、軍を出すときは互いに人衆を出して互いに助けたと見える。..
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789 稲村崎=東牟婁郡串本町有田(和歌山県)ここも線路は海から遠く車窓からは確認できない岬785 御待崎の項では、どうやらJRの車窓からのチェックに失敗したようだ。海からはそんなに遠いというのでもないのに、ロケーションにどうも恵まれなかったらしい。この稲村崎では、線路はさらに海から遠く、..
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788 田の崎=東牟婁郡串本町田並(和歌山県)世にふる道をふみたがへみたがへまどひつたよふ和歌山県牟婁郡も、すさみ町までが西牟婁郡で串本町からは東牟婁郡になる。すさみ町も里野までで、和深からは串本町。あれっ、また和深!? 和深が串本町にもあることは、すさみ町の和深崎の項で述べた通りだ。和..
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787 三崎=西牟婁郡すさみ町里野(和歌山県)“紀州サーガ”から枯木灘の残照は安芸の宮島まで届く「三崎」は「御崎」であり、「岬」でもある。ここらまでくると、潮岬方面の影もうっすらと見えてくる。 読まなくても、一通り本の背中くらいはみてきたので、『枯木灘』といえば中上健次であり、芥川賞をとった作..
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786 ほり崎=西牟婁郡すさみ町里野(和歌山県)岩磯だらけだけれどもあえてネほりハほりの枯木灘ほり崎と三崎のある里野は、すさみ町の東端にあたる。その東隣は、いよいよ紀伊半島南端の串本町になる。 『紀伊続風土記』では、里野浦については「江住浦の東二十四町にあって、荒磯である。」と本文一行の記述..
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785 御待崎=西牟婁郡すさみ町江住(和歌山県)電子国土ポータル表記について国土交通省や国土地理院の人にお願い江須ノ川と江住川は東西に2キロほど離れていて、その中間に飛び出しているのが御待崎で、西津浦の小さな漁港の向うに眺められる。30メートルに満たない低い丘が張り出しているが、これは横から見ただけではわか..
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784 江須崎=西牟婁郡すさみ町江住(和歌山県)鐘木のようなほとんど島になっている岬に神のおりやどりて…見老津を出てすぐに、紀勢本線また見老津トンネルに入る。そのトンネルを抜けると割りと大きな谷を越える。この谷を流れているのが江須之川で、両岸に集落があり、それが河口から岬の付け根まで広がる。谷を渡ると..